翻訳|knee
中世以後、「ひざかしら(膝頭)」「ひざぐち(膝口)」「ひざのさら(膝皿)」「ひざぶし(膝節)」「ひざぼね(膝骨)」のように関節部を特定した名称が現われるのは、①と②に、古来明確な区別がないためであろう。
下肢の大腿から下腿に移行する部分で,内部は膝関節となり,下肢の折れ曲がる部分をいう。上下ともに明りょうな境界はないが,医学的には,膝蓋骨の上端から手の幅だけ上方の部位でひいた水平線を上界とし,膝蓋靱帯(じんたい)が脛骨に付着する脛骨粗面(膝蓋骨直下の脛骨が出っぱった部分)の直下を通る水平線を下界とする。ひざの前面は前膝部といい,このうち膝蓋骨に相当した部分を膝蓋部(いわゆる膝頭)という。また後面を後膝部といい,この中央にはへこんだ膝窩(しつか)popliteal fossa(いわゆる〈ひかがみ〉)がある。膝窩は上方に頂点を向けた三角形をなすが,この2辺は半腱様筋および半膜様筋の下端と大腿二頭筋の下端からなり,底辺は腓腹筋の起始部からなる。膝関節knee jointは大腿骨の下端と脛骨の上端と膝蓋骨の後面との間にある関節で,この関節で下肢がひざのところで後のほうへ折れ曲がることができる(腓骨は膝関節には関係していない)。関節囊は大腿骨下端の周縁から起こって脛骨上端の周縁に付いているが,そのほかに内側および外側の〈側副靱帯〉,関節腔内にある〈膝十字靱帯〉をはじめ多数のじょうぶな靱帯によって,骨の結合が強化されていると同時に,運動の方向と範囲が制限されている。また関節腔内には,繊維軟骨でできた1組の半環形の〈関節半月〉という板があって,関節腔の形を適当に補っている。膝関節は一種の円柱関節で,1軸性の運動を行う。ひざを伸ばすと側副靱帯が緊張して,下腿は大腿と一直線をなして固定されるが,ひざを曲げると靱帯がゆるんで,下腿はある程度左右に動揺する可能性ができる。
→関節
執筆者:藤田 恒夫+藤田 恒太郎
どの範囲をひざと呼ぶのか,あいまいなところがある。《和漢三才図会》は〈膝者脛頭也〉といい,〈膝在前膕在後〉と述べる。この膝は現在いわれている膝と同じで,解剖学的な膝とほぼ一致している。膕(ひかがみ,よほろ)は膝の後ろの曲がるところのことで,今は膝窩という。けれども膝とひざとは同一ではない。ひざを枕にするという意味の動詞〈ひざまく〉はすでに《万葉集》に使われているが,このひざは英語のlapと同様,座位のときの股(もも)から膝先までを指している。lap(ドイツ語ではLappen)は衣装の緩やかな部分のことで,座るとこの部分がひざの上に広がるからひざも意味している。ひざの先の〈ひざがしら〉が膝(英語knee,ドイツ語Knie)である。ひざの上に子どもを抱いたり物を置いたりできるのは,ひざの範囲が膝関節より広いからである。
日本の俚諺に〈母親のひざは絹蒲団(ぶとん),他人のひざは筵(むしろ)〉などというように,母親のひざは優しさと憩の場である。E.スペンサー,シェークスピア,ドライデンその他の詩人たちも母親や恋人のlapに同様の思いを寄せており,〈ぜいたくのひざの中に暮らすto live in the lap of luxury〉という表現の中にもlapが憩の場として前提されている。これに対して父親の膝kneeに子を置くのは認知の行為であるとヘブライ人は考えた。マナセの子マキルの子らが生まれると直ちに祖父ヨセフの膝の上に置かれ(《創世記》),ヤハウェがエルサレムの民を膝の上であやす(《イザヤ書》)のは,嫡流であることの認知を意味している。古代ギリシアにも,ホメロスの《オデュッセイア》において,これと似た意味づけがある。アウトリュコスの膝の上に,生まれたばかりの自分の子を置いて名前をつけるように請う娘アンティクレイアにこたえて,祖父は孫をオデュッセウスと名づけている。
可動範囲の大きい股関節と,1軸性に近い膝関節とがとる屈曲位の組合せによって,さまざまな座位ができる。日本でいうおもな座位のうち,正座は古代のエジペト,ギリシア,中国にすでにあり,礼拝中のイスラム教徒の座位も正座に近い。アラブやイランなどでも日常往々にして正座する。日本では畳が江戸時代の元禄・享保のころ普及するにつれて正座も庶民に広がった。ただし,この座位を正座というのは日本だけで,朝鮮での正座は一側は日本式正座で他側の膝を立てる。アラブなども同じく右膝を立てて座る。日本の莫連(あばずれ女)の座り方である。日本の男子の用いる胡坐(あぐら)はもと高貴な人の座位で,胡床(こしよう)に“足組(あぐ)み”して座ったことに由来する。柿本人麻呂が歌を詠む際にとった歌膝は一側が胡坐で他側は立膝の姿勢だった。胡坐と片立膝は中世の絵巻に多数描かれ,当時はむしろこれらが一般的だったといえる。そのほか箕踞(ききよ),割坐,楽坐,結跏趺坐(けつかふざ),半跏趺坐(はんかふざ),蹲踞(そんきよ),跪坐(きざ)などがある。跪坐には膝と足指の先を床面に着けて尻は踵に乗るものと,膝から上が垂直に立つものとあり,後者の姿勢のままで歩くのが〈膝行〉で,身分の低い者が高い人の前に出たり退いたりする際の作法だった。中世ヨーロッパでも高位の人の前では男女とも跪坐で礼をつくしたが,後には神に祈るとき以外は片膝をつくだけとなり,最後には立位になってしまった。もっとも勲爵士(ナイト)号を授けられる人は今も膝蒲団の上に両膝をつく。服従と恭順の姿勢である。
人の膝に宗教的な尊厳を認める慣習は諸国にあった。古代エジプトの象形文字で神や王を示す決定詞は膝が盛り上がった座位の姿である。嘆願する人々が権力者の膝に手をさし延べたり触れたりし,祭壇に祈るかのように膝に祈ったのは,膝に根源的な生命力があるからだと大プリニウスは説明する。彼によれば膝の前方にある一対の腔を破ると,のどを破ったときのように生命が流失するという(《博物誌》11巻)。膝の魔力は古代ローマでも信じられてアルクメナ(アルクメネ)がユピテル(ゼウス)の子ヘルクレス(ヘラクレス)を産んだとき,産婦の守護神ルキナ(エイレイテュイア)はユノ(ヘラ)にはばかって産室の前の祭壇に両手の指を組み胡坐をかいて座り,呪文を唱えて出産を妨げようとした(オウィディウス《転身物語》)。産婦には不吉な姿勢とされていたからである。これと似た結跏趺坐はインドでは円満安坐とされ,如来はこの姿勢ときまっている。右膝の上に左足がくるのが降魔坐(ごうまざ),その逆が吉祥坐(きつしようざ)である。
→足
執筆者:池澤 康郎
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
下肢(かし)の大腿部(だいたいぶ)から下腿部に移行する中間部分をさすが、その範囲は明確なものではない。膝蓋骨(しつがいこつ)から3横指ほど上方の位置から脛骨(けいこつ)粗面の上縁の位置までを膝(膝部(しつぶ))と考えるのが一般的である。前側が前膝部、後側が後膝部である。前膝部の大部分は膝蓋骨が占めており、この部分を膝蓋(ヒザガシラ。解剖学では片仮名表記)とよぶ。後膝部には膝を曲げると顕著になる菱形(ひしがた)のくぼみがあり、膝窩(しっか)とよぶ(ヒカガミともいう)。膝窩には大腿動脈、大腿静脈が大腿前面から入り、膝窩動脈、膝窩静脈となる。このほか、膝窩には複数の神経、リンパ管が含まれている。膝の屈曲運動をする膝関節は、大腿骨と脛骨とで構成されている一軸性の蝶番(ちょうつがい)関節である。
[嶋井和世]
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
…四足類の足の原型は魚類の対(つい)びれで,前肢は胸びれから,後肢は腹びれから変形したものと考えられている。原則として前肢はひじと手首,後肢はひざと足首で分節する3節からなるが,カエル類や鳥類では末端の節がさらに二つの節に分かれている。末端の節は5本の指を備えるのが原型である。…
…関節包の外面に接する靱帯も強い。多軸性であるから,あらゆる方向に運動できるが,その運動範囲は,ひざを曲げたときに,伸ばしたときよりも約2倍も拡大される。これは股関節と膝関節の二つの関節をこえて寛骨から脛骨につく大腿部の長い筋肉の緊張に関係している。…
※「膝」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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