仏教の基本聖典で,大乗仏典の一つ。詳しくは《摩訶般若波羅蜜多心経》という。サンスクリットの原題は,《プラジュニャーパーラミター・フリダヤ・スートラPrajñāpāramitā-hrdaya-sūtra》(般若波羅蜜の心髄たる経典)。サンスクリット原典(大品・小品の2種)のほか,チベット語訳と7種の漢訳が現存する。一般に唐の玄奘(げんじよう)の訳する276字の漢訳(小品に相当)が知られ,同じ玄奘の《大般若経》600巻の精髄とみられた。
内容は,表題のとおり,広大な般若経典の心髄をきわめて簡潔にまとめたもので,観自在菩薩(観音)が般若波羅蜜多(完全なる智慧)の行を修めて五蘊(ごうん)(存在の五つの構成要素)が空(無実体)であると悟ったことから説き起こし,仏弟子舎利子に対し,いっさいの存在が空であることを説き,最後に真言を説いている。とくに物質的存在は無実体であり,無実体なるものが物質的存在であるという意味の〈色即是空,空即是色〉という文句はよく知られる。
サンスクリット原典は古くから日本に伝えられ,とくに法隆寺に伝わる小品の貝葉(ばいよう)(609年将来)は貴重な文化財となっている。《般若心経》は中国と日本を通じて,各派で日課経として誦(よ)まれたため,玄奘門下の慈恩をはじめ,空海の注釈など,多くの注釈が書かれて,その数約300,近代の講義も200種を下らず,今も盛んに作られつつある。とりわけ禅では,ダルマ(達磨)のものという《心経疏》をはじめ,古くは四川の智詵と南陽忠国師,日本では大覚禅師,一休,盤珪,白隠のものが特色をもつ。
執筆者:末木 文美士+柳田 聖山 《般若心経》は多くの注釈がなされてきたとともに写経もさかんで,日本では,奈良時代から今日まで多くの人々によって行われてきた。奈良時代には《多心経》と呼ばれ,この経を100巻あるいは1000巻も写経することがあった。今日も奈良時代の写経で数巻から10巻ぐらい連続したものを見ることがある。それらの多くは,平城宮の北東隅にあった海竜王寺(隅寺)に伝来したもので,〈隅寺心経(すみでらしんぎよう)〉と呼ばれている。弘法大師(空海)筆と伝えるが,書風や類巻に〈天平勝宝7年(755)料〉とあることによって,奈良時代の写経とみられている。平安・鎌倉時代には《法華一品経》の付巻として,《平家納経》《慈光寺経》《長谷寺経》など装飾紙に書写された例が少なくない。また室町・江戸時代には,天皇や貴族が装飾経として多く書写している。1541年(天文10)後奈良天皇が天下諸州の一の宮に奉納のため発願書写した《紺紙金字般若心経》など名高い。
執筆者:大山 仁快
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仏教経典。原名をプラジュニャーパーラミター・フリダヤ・スートラPrajñāpāramitā-hdaya-sūtraといい、『般若波羅蜜多(はらみった)心経』の略。『心経』とも略す。フリダヤ(心)は心臓を表し、心髄・中心などを意味する。種々つくられ、しだいに増広されて膨大なものとなった般若経典群のうち、その中心思想をきわめて簡潔に述べた経で、仏教の全経典のうち、もっとも短いものに属する。そのなかに、「色即是空(しきそくぜくう)、空即是色」(いろ・かたちをもって現れているものは、実体としてあるのではなく、実体としてあるのではないからこそ、いろ・かたちをもって現れる)の有名な語句があり、末尾に真言(しんごん)があって、古来日本人には親しい。原典はしばしば漢訳され、現存するものも7種あるが、寺院や民間でよく読まれ写経されるのは、玄奘(げんじょう)訳『般若波羅蜜多心経』である。
サンスクリット本の写本は、興味深いことに、日本に伝わっていて、「小本」と「大本」があり、小本(玄奘訳に相当)は法隆寺に、大本は長谷(はせ)寺(奈良)にある。
[三枝充悳]
『中村元・紀野一義訳注『般若心経・金剛般若経』(岩波書店・岩波クラシックス50)』▽『三枝充悳著『般若経の真理』(1971・春秋社)』
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大乗経典の一つ。「摩訶般若波羅蜜多心経」の略。サンスクリット原典と数種の漢訳が現存するが,唐の元奘(げんじょう)訳のものが有名。「色即是空,空即是色」という著名な文句に示されるように,般若経典の空の教えの真髄を説いたものとされる。大乗教の中心命題を簡潔に示すため古くから各宗で尊重され,多数の注釈書が作られた。僧俗を問わず,盛んに書写もなされている。法隆寺にはこの経文を記した貝葉(ばいよう)が伝わる。
出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報
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…真実の智慧の完成)は他の五つすべての根底をなすものとして重視された。〈般若波羅蜜〉を強調する経典として《小品般若経(しようぼんはんにやぎよう)》《大品般若経》が挙げられるが,とくに一般に流行したものとしては《般若心経》《金剛般若経》がある。それらは《大般若波羅蜜多経》600巻(玄奘訳)として集大成された。…
…《八千頌》を増広したものとして《十万頌般若経》《二万五千頌般若経》などがあり,《二万五千頌》のクマーラジーバによる漢訳《大品(だいぼん)般若経》が中国,日本では最も重視された。逆に短いものとしては,《金剛般若経》《般若心経》などがよく知られている。密教化した《理趣経》なども般若経典の一部である。…
※「般若心経」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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