翻訳|equity
衡平は法および正義と密接な関係をもつ価値理念である。法の理念である正義は〈等しきものを等しく〉扱うことを求める。各事例を場当り的(アド・ホック)にではなく,重要とされる一定の特徴に応じて類型的に扱うこと,すなわち,一定類型の事例に一定類型の取扱いを対応させる一般的準則に従って個々の事例を裁定することが正義の要請であり,法の一般性はその帰結である。しかし,法が規律する現実はきわめて複雑,多様,可変的で,一般的法準則の創設にあたって,その趣旨に関連する現実の全側面をあらかじめ網羅的に勘案するのは人間の認識能力を超え,不可能である。特別の事情が存在したり,社会発展により著しい事情変更が生じたときなど,法準則をそのまま適用することが実質的に不当とみなされる場合がある。このような場合,法の改廃が必要であるが,立法による解決をまてないときは,法適用の段階で個々の具体的事例に即して法を実質的に補正することが要求され,その根拠とされるのが衡平の理念である。衡平は個々の事例に即した具体的妥当性をもつ裁決を要求する点で,普遍主義的・類型化的な正義の理念と対比されるが,衡平を正義理念と根本的に対立する原理と考えるのは誤りである。衡平は決して場当り的な例外の設定を許容しない。衡平は特定の事例を,その〈個性〉ゆえにではなく,法があらかじめ勘案できなかった重要な特徴をそれがもつゆえに,特別に扱うことを要求し,従って,同様の特徴をもつ他の事例についても同様の特別扱いを要求する。具体的現実からのフィード・バックによる既存の類型化基準の精緻化・改良が衡平の真のねらいであり,それは正義の普遍主義的要請をむしろ前提している。アリストテレスが法的正義の補正原理としての衡平を,ある〈種〉の正義よりも優れているが,正義という〈類〉を超えないとしたことや,イギリスで,硬直したコモン・ローの個別的補正として始まった衡平法が,確立された一般的準則の体系に発展していった歴史的経緯も,この点を確証している。なお国際司法裁判所規程38条2項によれば,当事者の合意によって,〈衡平と善〉に基づいて裁判ができるとある。
→衡平法
執筆者:井上 達夫
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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…英米法系で,厳格法たる普通法,コモン・ローと対比され,もともとは衡平・正義感を基準にしてのコモン・ローの補正原理であったものが,判例法として凝固してでき上がった法の総称。すなわち衡平法とは,厳格で形式的・一般的な法に対して,個々の事件のもつ特殊性を重視し,普遍性のゆえに不完全となりうる法を具体的に補正する原理であったエクイティ(衡平)が,イギリスにおいては特殊な歴史的理由から,法をつかさどる裁判所すなわち各種のコモン・ロー裁判所とは別の裁判組織で体系的につかさどられるうちに漸次固定化・組織化され,コモン・ローとは別ではあるが同じような一種の実定的な判例法になってきたものを呼ぶのである。…
… この後コモン・ローは,その一応の確立期である13世紀末ごろから固定化の傾向を見せ始め,それにつれて漸次動きつつある現実を規制するのに必ずしも十分でなくなってくる。ここに,この間のずれを,衡平感情や正義感ないしはヨーロッパ大陸で一般的に用いられつつあったローマ法を基礎にして,埋めないしは補正していく必要が生ずるが,イギリスではこの仕事はコモン・ロー裁判所とは別の組織である国王評議会,さらにはそこから派生した裁判所が担った。その際これら新裁判所は,当然のことながらコモン・ローやその手続にのっとらずに裁判を行った。…
※「衡平」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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