ニレンバーグ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ニレンバーグ」の意味・わかりやすい解説

ニレンバーグ

[生]1925.2.28. カナダハミルトン
[没]2020.1.26. アメリカ合衆国,ニューヨーク,ニューヨーク
ルイス・ニレンバーグ。カナダ生まれのアメリカ合衆国の数学者。楕円型偏微分方程式を中心とする解析学の研究で知られる 20世紀最大の数学者の一人。カナダのモントリオールで育ち,1945年にマギル大学で物理学と数学の学士号を取得。同年夏からモントリオールのカナダ国立研究評議会 NRCに勤務し,そこで知り合った物理学者アーネスト・クーラントの父で数学者のリヒアルト・クーラントの勧めに従って,ニューヨーク大学で学び,1947年に数学の修士号を,2年後には博士号を取得した。1949年に同大学の研究助手となり,1951年教授,1999年名誉教授。1949年の博士論文「与えられた線素をもつ閉じた凸曲面の決定」Determination of a Closed Convex Surface Having Given Line Elementsでは,数学者ヘルマン・ワイルが 1916年に提起したものの部分的にしか解決されなかった微分幾何学の問題に対し,偏微分方程式を用いて解いた。また,複素解析学(→複素変数関数論)や経済学,流体力学応用問題も解決した。他の数学者との共同研究に積極的に取り組み,論文の 9割は共同執筆によるものだった。おもな成果として,エミリオ・ガリャルドとのガリャルド=ニレンバーグ型補間不等式がある。後進指導にも熱心で,46人の数学者が彼の教えを受けたとされる。1982年にスウェーデン王立科学アカデミーの第1回クラフォード賞,1994年および 2014年にアメリカ数学会のスティール賞,1995年にナショナル・メダル・オブ・サイエンス,2010年に国際数学者会議の第1回チャーンメダル,2015年にアーベル賞など数々の栄誉を贈られた。

ニレンバーグ
Nirenberg, Marshall Warren

[生]1927.4.10. ニューヨーク,ニューヨーク
[没]2010.1.15. ニューヨーク,ニューヨーク
アメリカ合衆国の生化学者。1948年フロリダ大学を卒業,1952年同大学で修士号,1957年ミシガン大学で博士号を取得。同年国立衛生研究所 NIHに入る。1961年に試験管内で蛋白質合成に成功し,遺伝暗号(→コドン解読の生化学的な端緒を開いた。1964年ナショナル・メダル・オブ・サイエンスを受章,翌 1965年 NIH遺伝研究部部長に就任。1964~65年にはハー・ゴビンド・コラナと協力して 64種のトリヌクレオチドの合成に成功。これを応用して多くのアミノ酸コードの配列を決定した。1968年,これらの業績によってコラナ,ロバート・ウィリアム・ホリーとともにノーベル生理学・医学賞を受けた。

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