翻訳|aspirin
家庭薬としても知られる代表的な非ピリン系の解熱鎮痛剤で、アセチルサリチル酸ともいう。わずかに酸味を有する無臭の白色結晶、粒または粉末で、水に溶けにくい。吸湿によって脱アセチルがおこり、サリチル酸と酢酸になる。1853年ドイツで創製され、1898年医薬として初めて用いられ、1900年にドイツのバイエル社より発売された。以来、長く使い続けられている薬物で、発売当時の商品名が現在世界中で通用し、日本薬局方名にもなっている。
鎮痛・解熱・抗リウマチ・血小板凝集阻害剤で、感冒、頭痛、発熱、悪寒をはじめ、神経痛、関節痛、腰痛、リウマチに用いられるほか、血栓症の治療や予防にも使われるようになった。鎮痛効果は、中枢神経の抑制および末梢(まっしょう)神経に作用するものと考えられている。また解熱効果は、間脳視床下部の温熱中枢に働いて末梢血管の血流量を増加させ、発汗による放熱を促進させるためといわれる。抗リウマチ作用は、解熱や鎮痛作用の結果として効力が認められている。このほか、下垂体前葉に働いて副腎(ふくじん)皮質ホルモンの分泌を亢進(こうしん)させるという説もあり、また、強力な発熱性物質であるプロスタグランジンの合成を阻害することにより抗炎症をはじめ、解熱や鎮痛の作用が現れるともいわれている。常用量は1回0.5グラム、1日1.5グラム、欧米では大量投与がなされている。サリチル酸の血中濃度が30ミリグラム%(血液100グラム中30ミリグラム含まれる)を超えると、悪心、嘔吐(おうと)、めまい、耳鳴りが現れる。また、狭心症、心筋梗塞(しんきんこうそく)、虚血性脳血管障害や冠動脈バイパス術(狭くなった冠動脈部分を避けて迂回路(うかいろ)をつくる治療法)あるいは経皮経管冠動脈形成術(つまったり、狭くなったりした冠動脈を、開胸することなくバルーンのついたカテーテルをふとももの付け根または腕の動脈からつまった部分まで挿入して血管を広げる治療法)施行後における血栓・塞栓(そくせん)形成の予防にアスピリンの少量投与が有効で、アスピリン100ミリグラムと81ミリグラム含有の2種の錠剤があり、いずれも1錠を1日1回経口投与する。サリチル酸系薬剤とライ症候群との関連性を示す疫学的調査報告があるので、15歳未満の水痘、インフルエンザの患者には投与しないことが原則であるが、やむをえず投与する場合は慎重に投与し、患者の状態を十分観察すること。アスピリン喘息(ぜんそく)またはその既往症のある患者には投与しない。なお、動物実験で催奇形作用が報告されており、妊婦や妊娠している可能性のある女性に対する投与は慎重に行う。
[幸保文治]
『日本薬学会編・刊『薬の発明 そのたどった途2』(1988)』▽『市岡正道・佐藤公道著『痛みとはなんだろう』(1989・丸善)』▽『チャールズ・C・マン他著、平沢正夫訳『アスピリン企業戦争――薬の王様100年の軌跡』(1994・ダイヤモンド社)』▽『ジョン・エムズリー著、渡辺正訳『逆説・化学物質――あなたの常識に挑戦する』(1996・丸善)』▽『平沢正夫著『超薬アスピリン――スーパードラッグへの道』(平凡社新書)』
アセチルサリチル酸の別名で,サリチル酸の酢酸エステル。1899年ドレーザーDreserによって導入された古い医薬であるが,今日でも緩和な作用ながら抗炎症・解熱・鎮痛などの作用にもとづいて広く使用されている。白色の結晶または粉末で,わずかに酸味がある。アスピリンの薬理作用のメカニズムは,1982年度にノーベル賞を受けたイギリスのベーンJ.R.Vaneが1971年に発表した学説によって明らかになった。それは発熱,末梢血管拡張,痛みの感受性増大などの作用をもつ局所ホルモンであるプロスタグランジンE(prostaglandin E)などの生合成に関与する基本的な酵素(シクロオキシゲナーゼ)の働きを抑えることによるものである。血小板が凝集するのを抑える作用もあるので血栓症の予防の目的にも使われることがある。このほかにも非ステロイド抗炎症薬に属する薬物のなかにはインドメタシンその他のように同じメカニズムによって働くものが少なくない。副作用は,比較的少ないが,皮膚の発疹(アスピリン疹),胃腸障害などがある。なお,アスピリンはピリンの名をもつが,ピラゾロン骨格をもついわゆる〈ピリン系〉薬剤ではない。
執筆者:鶴藤 丞
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…これらの物質は,直接的な発痛作用をもたないが,ブラジキニンによる痛みを強める働きがある。アスピリン(商品名)はプロスタグランジンE2,プロスタグランジンI2の産生をさまたげて痛みを和らげる。深部痛も侵害刺激によって起こるが,筋肉では血流が不足したときに持続的な収縮を続けても痛みが起こる。…
…しかし,古典的な成人型の結節性動脈周囲炎とは,フィブリノイド壊死がないか,あってもわずかである点,より大きな筋層動脈をおかす傾向がある点,再燃像がみられない点など明らかに異なっているので,新しい小児の血管炎症候群の一つとして,第9回修正WHO国際疾病分類(446.1)に採用された。
[川崎病の治療]
急性期には抗炎症作用,抗凝固作用のある薬剤が有効で,アスピリン(商品名)が基本的に用いられている。しかし,一部には冠状動脈瘤が残るので,超音波断層心エコー図による長期管理が必要であり,冠状動脈閉塞例や高度の狭窄例ではバイパス手術が必要となることもある。…
…一方,サリチルアルコールの配糖体サリシンを含むヤナギの樹皮もまた,古くから世界各地で使われた歴史的な解熱鎮痛性薬物であった。後者は後にサリチル酸系統の薬物に発展し,なかでも19世紀末に医療の場に導入されたアセチルサリチル酸は,もともとはドイツの一会社の商品名であったアスピリンの名で知られ,最も普及した解熱鎮痛薬として今日でも広く使用されている。医薬の研究に近代科学の手法が導入された19世紀以降,サリチル酸系の薬物のほかにアニリン系,ピラゾロン系などの化合物が有力な解熱鎮痛薬として発見されたが,それらのなかには,その後今日までの間に発生頻度は少ないものの副作用の面で問題があることが注目され,アセトアニリド(アニリン系)やアミノピリン(ピラゾロン系)のように,かつては広く使われたものの今では使用されなくなったものもある。…
…たとえば,メチルエステルであるサリチル酸メチルmethyl salicylate(融点-0.8℃,沸点223.3℃)は,歯磨きやガム,アイスクリームなど食品用フレーバーとしてのほか,皮膚を刺激することにより逆に深部組織の炎症を和らげる目的で,消炎剤(サロメチールはこの商品名)として用いられる。また,無水酢酸を用いてアセチル化して得られるアセチルサリチル酸acetylsalicylic acid(白色の結晶,融点135℃)は,解熱鎮痛剤(アスピリンはこのドイツのバイエル社の商品名)として著名である。【村井 真二】【鶴藤 丞】。…
…当初はアニリン染料の製造からスタートし,80年代にはヨーロッパ一円に販売網を整え,91年にはレーバークーゼンに本社を移転した。19世紀末に医薬品事業に進出,99年解熱剤アスピリンを発売。1925年バーディッシュ・アニリン・ウント・ソーダ工業社(現,バスフ(BASF)社),ヘキスト染料社(現,ヘキスト社)などと合同し,イーゲー・ファルベン社を結成し,バイエル社の社長であったデュイスベルクCarl Duisberg(1861‐1935)がイーゲー・ファルベン社の社長に就任した。…
…副作用の点からみると,この薬物が生体内で代謝されてできるアセトアミノフェンacetoaminophenのほうがさらに改良された薬物といえる。これらの薬は解熱・鎮痛作用の強さやその作用の性格がアスピリンと似ているので一般的にはアスピリンのほうが多く使われているが,アセトアミノフェンは副作用の少ない点ではアスピリンよりも優れている。とくに消化管障害などの副作用のためにアスピリンを使えない患者には適している。…
※「アスピリン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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