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アッシュール Assur; Ashur

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

アッシュール
Assur; Ashur

アッシリア帝国の発祥地でその首都,その国名,守護神名。現在名はバグダード北西 270kmに位置するカラトシャルカート。前 2500年頃創建。守護神の町として勢力を有し,東と北はチグリス川と断崖に守られ,南と西に要害を築き,周囲 4kmの城壁をめぐらし,要衝の地として建設された。シャルマネゼル3世 (在位前 859~824) の頃最も栄えたが,前 614年バビロニアに破壊され,前 140年頃パルティア人によるメソポタミア侵攻の際,一部復興した。 1903~13年 W.アンドレのドイツ隊によって発掘されたが,三つの王宮跡のうち最古のものはシャムシ=アダド1世 (在位前 1813頃~1781頃) のものとされ,センナケリブ (在位前 705~681) 時代に 34あったとされた神殿の3分の1が発見された。 2003年世界遺産の文化遺産に登録。

アッシュール
Assur

アッシリアの国家神。首都アッシュールの守護神。彼の名は「慈愛深きもの」を意味し,豊穣肥沃の神としてしゅろの枝で囲まれた姿で表わされる。また戦士の神でもあり,戦いにおいて兵士を指揮し,勝利をもたらした。この場合は,翼のある円盤の形で,または牛に乗り空を行く姿で表わされた。アッシュール崇拝は前3千年紀の中頃からパルティア王国時代まで,アッシリアおよびカッパドキアなどで行われた。なお時代と地域により種々の異名をもつ。アッシリア人は,彼をバビロンのアンシャールと同化させていた。

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デジタル大辞泉の解説

アッシュール(Aššur)

西アジア、チグリス川中流域にあった古代都市。現在のイラク北部、バグダッドの北東約240キロメートルの町カルアトシェルカートに位置する。アッシリア王国の最初の首都であり、アッシリア人の最高神アッシュールと同じ名をもつ。紀元前14世紀から前9世紀にかけて栄え、前7世紀にメディア人に征服された。ジッグラトや宮殿などの遺跡が発見されているが、大部分は未発掘のままとなっている。2003年に世界遺産(文化遺産)に登録されるとともに、同年、ダム建設による水没が危惧され、危機遺産にも指定された。アシュル。

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百科事典マイペディアの解説

アッシュール

アッシリア帝国の中心都市で,前14世紀後半から前883年までの首都。その遺跡はイラク北部のモースル南方110km,ティグリス川右岸にある。20世紀初頭のドイツ隊による発掘などで,アッシュール神殿,ジッグラト,宮殿ほかが出土。

アッシュール

アッシリアの主神,アッシュール市の守護神。翼をもつ太陽円盤として表現されることが多い。シュメールエンリル,バビロンのマルドゥクなどと同一視された。

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世界大百科事典 第2版の解説

アッシュール【Assur】

アッシリア帝国形成の基礎となった都市で,前14世紀後半から前883年までの首都。主神アッシュールに由来する名称で,現代名はカルア・シルカQal’a Shirqa。イラク北部のモースル南方110km,ティグリス川西岸にある。19世紀の著名な発掘者たちは,いずれもこの遺跡を調査して,彫刻や楔形文字史料をえたが,都市の構造と歴史を明らかにするうえで重要な役割を果たしたのは,1903‐14年に行われた,ドイツ人アンドレーErnst Walter Andraeの,メソポタミアにおける最初の本格的な層位的発掘であった。

アッシュール【Assur】

アッシリアの最高神。その起源,名前の語源,性格などについては定説がない。ウル第3王朝時代(前2112‐前2004)以来,同名の都市アッシュールおよびその住民の神として文書に現れる。カッパドキア文書(前19世紀)から知られる小アジアのアッシリア商人植民地においては,最も重要な神と考えられていたが,アッシリアとその植民地以外では一地方神にすぎなかった。同神が後のアッシリア帝国の国家神へと変貌していく過程は,アッシリアの政治的発展の過程と並行する。

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世界大百科事典内のアッシュールの言及

【アッシュール】より

…アッシリアの最高神。その起源,名前の語源,性格などについては定説がない。ウル第3王朝時代(前2112‐前2004)以来,同名の都市アッシュールおよびその住民の神として文書に現れる。カッパドキア文書(前19世紀)から知られる小アジアのアッシリア商人植民地においては,最も重要な神と考えられていたが,アッシリアとその植民地以外では一地方神にすぎなかった。同神が後のアッシリア帝国の国家神へと変貌していく過程は,アッシリアの政治的発展の過程と並行する。…

【アッシュール】より

…アッシリアの最高神。その起源,名前の語源,性格などについては定説がない。ウル第3王朝時代(前2112‐前2004)以来,同名の都市アッシュールおよびその住民の神として文書に現れる。カッパドキア文書(前19世紀)から知られる小アジアのアッシリア商人植民地においては,最も重要な神と考えられていたが,アッシリアとその植民地以外では一地方神にすぎなかった。同神が後のアッシリア帝国の国家神へと変貌していく過程は,アッシリアの政治的発展の過程と並行する。…

【アッシリア】より

…前5千年紀には,ハッスナ,ハラフ,サーマッラーの三つの文化圏が確認されている。前3千年紀の前サルゴン期には,膠着語を話す,均質的とはいえないがフルリ人と親縁関係にある定着原住民スバル人の上に東セム系遊牧民が支配的要素として加わり,今やメソポタミアの発展の先頭に立つシュメール文化の影響の下に,都市アッシュールが建設された。アッカド王国時代にはサルゴン王らによって征服され,マニシュトゥシュ王がニネベに神殿を造営している。…

【アッシリア美術】より

…アッシリアの美術は,メソポタミア美術最後の,最も発達した段階を示すものである。アッシリアはメソポタミア北部の都市アッシュールを本拠とし,前2千年紀末から,盛衰を繰り返しながらも,その軍事力,政治力を強め,しだいにメソポタミア南部のバビロニア地方に支配を及ぼしていった。前1千年紀には,その軍事力にまかせてメソポタミアのほぼ全域に君臨する帝国を形成する。…

【メソポタミア】より

…またユーフラテス中流域ではマリが交易中継地として繁栄し,マリからは前18世紀ジムリリム時代の文書が多数発見されている。バビロニアに北接する地域では,アッシリア人の都市アッシュールが前19世紀から前18世紀にかけてのシャムシアダド1世時代に有力となった。アッシリア人は早くからメソポタミアと小アジア間の通商を行い,カイセリ付近のキュルテペ(カニシュ)などには商業植民地を建設している。…

【アッシュール】より

…アッシリア帝国形成の基礎となった都市で,前14世紀後半から前883年までの首都。主神アッシュールに由来する名称で,現代名はカルア・シルカQal’a Shirqa。イラク北部のモースル南方110km,ティグリス川西岸にある。…

【アッシュールバニパル】より

…在位,前668‐前627年。正しくは,アッシュール・バーニ・アプリAššur‐bani‐apli(〈アッシュール神は嗣子の創造者〉の意)。父王エサルハドンによって前672年に皇太子に定められ,前668年即位。…

※「アッシュール」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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