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アマルナ文書 アマルナもんじょ Amarna tablets

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

アマルナ文書
アマルナもんじょ
Amarna tablets

エジプトのカイロの南方約 300kmにあるアマルナ (古代エジプト第 18王朝アメンホテプ4世〈別名イクナートン〉の築いた都市) から 1887年に偶然発見された約 360の楔形文字で書かれた粘土板文書

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デジタル大辞泉の解説

アマルナ‐もんじょ【アマルナ文書】

Amarna letters》エジプトのテル‐エル‐アマルナにあるアメンホテプ4世(イクナートン)の王宮跡から発見された約370枚の粘土板文書。前14世紀、メソポタミアシリア地方の諸国王から送られてきた書簡で、当時の国際語であるアッカド語で書かれており、世界最古の外交文書とされる。

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百科事典マイペディアの解説

アマルナ文書【アマルナもんじょ】

楔形(くさびがた)文字で書かれた,アメンヘテプ3世,同4世統治時代(アマルナ時代)の粘土板文書。1887年,エジプトのテル・エル・アマルナTel el-Amarnaで発見,現在379枚が各地に分蔵されている。
→関連項目アメンヘテプ[3世]カナン語

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世界大百科事典 第2版の解説

アマルナもんじょ【アマルナ文書】

中エジプトのアマルナ出土の楔形文字粘土板文書。前14世紀のオリエント世界の国際関係を知る重要な史料である。1887(一説には86)年一農婦によって偶然発見され,91年のピートリーの発掘によって,アテン大神殿の南,小王宮東の〈王の記録庫〉から出土したものであることが確認された。現在知られている総数は379,大部分はベルリン博物館(199),大英博物館(83),カイロ博物館(50)の3ヵ所に所蔵されている。

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大辞林 第三版の解説

アマルナもんじょ【アマルナ文書】

エジプトのテル-エル-アマルナにあるアメンホテプ四世の王宮跡で発掘された粘土板文書。紀元前一四世紀にメソポタミアの諸国から送られた外交文書で、バビロニアのアッカド語で記されている。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

アマルナ文書
あまるなもんじょ

エジプト、カイロの南約312キロメートルにある、第18王朝のアメンヘテプ4世(イクナートン)の都アケト・アテン(アテンの地平線。今日のテル・エル・アマルナ)の王宮跡で、東側に位置する文書庫から1887年に発見された粘土板文書。約370枚出土した粘土板文書は、当時の国際語であるバビロニア語アッカド語)で書かれていた。紀元前14世紀初頭から中葉にかけて、アメンヘテプ3世、4世の時代に、ヒッタイトミタンニ、アッシリア、バビロニアの諸国王、またシリア、パレスチナキプロスなどエジプトと従属関係にあった小国の諸王から送付されてきた書簡であり、世界最古の外交文書とされている。文書のなかには、小アジアを完全に掌握したヒッタイトが、シリア、パレスチナのエジプトの勢力圏を脅かしていることなどを記したものがあり、当時の国際政治情勢や、小アジア、ミタンニなどとの文化交流を知るうえで重要である。[大村幸弘]

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世界大百科事典内のアマルナ文書の言及

【アマルナ時代】より

…アマルナに都のおかれたイクナートンの治世および改革の萌芽のみられる先王アメンヘテプ3世の治世後半をさし,時には次王ツタンカーメン王の治世を含めることもある。また古代オリエント史上においては,アマルナ出土の楔形文字文書(アマルナ文書)によってエジプト支配下のシリア,パレスティナをめぐるオリエント諸国の国際関係を研究できる前14世紀前半から中葉にかけての時代をさす。 エジプト国内では,王権による一元支配の実現をめざして,太陽神アテンを唯一神とする〈宗教改革〉,新都の造営が断行され,これに呼応するアテン信仰に基づくアマルナ美術の出現,言文一致をめざす新エジプト語の文章語採用など,文化全般にわたり反伝統主義的な革新の気風が支配する。…

【アメンヘテプ[3世]】より

…王の治世はトトメス3世が建設したシリア,パレスティナ,ヌビアの植民地支配を軸とする〈帝国〉支配体制の絶頂期にあたる。バビロニア王国やミタンニ王国とは王女との結婚を通じて同盟関係を強化,豊富に産するヌビア黄金の贈与によって,ヒッタイト王国やアッシリアを含めてエジプトを軸とする西アジア世界の国際平和を実現,その状況はアマルナ文書に詳しい。贈物,貢納,交易によって諸国の富が大量にエジプトに流入,豪奢な宮廷生活と大規模な建築活動にむけられる。…

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