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ウォリック Warwick

翻訳|Warwick

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ウォリック
Warwick

イギリスイングランド中部,ウォリックシャー県の県都。ウォリック地区に属する。バーミンガムの南東約 30kmにあり,セバーン川支流エーボン川に臨む。8世紀頃からエーボン川の渡河点に集落が形成され,915年頃デーン人に対する要塞が築かれた。ウィリアム1世による土地調査書『ドゥームズデイ・ブック』(1086)には,ここに 225戸の家があったことが記されている。1261年,市場の開設が認められたが,最初の勅許状を得たのは 1545年になってからである。農産物の集散地で,ミッドランド地方の自動車工業の一翼を担うほか,各種軽工業が行なわれる。今日のウォリック城は大部分が 14~15世紀に建造されたものであるが,一部にアングロ・サクソン時代のものが残っている。ほかに聖メアリー聖堂,レスター病院など中世以来の建物が多数保存されており,観光業も盛ん。人口 2万3350(2001)。

ウォリック
Warwick

イギリスイングランド中部,ウォリックシャー県中部の地区。ミッドランド地方の工業地帯の南端部を占め,コベントリーの南,ストラトフォードオンエーボン地区の北に位置する。ウォリックケニルワースは城下に栄えた町で,ロイヤルレミントンスパーは温泉保養地として知られる。面積 283km2。人口 12万5962(2001)。

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世界大百科事典 第2版の解説

ウォリック【Warwick】

イギリス,イングランド中部のウォリックシャーの州都。地名は古英語のwæring(堰)とラテン語のwic(村)にちなむ。人口11万9000(1993)。エーボン川に沿い,周辺農村の市場中心であると同時に,農業機械,フィルムなどの工業も発展。もとは渡津(としん)集落であったが,914年にアルフレッド大王の娘,エセルフレッドデーン人の侵攻に備えて要塞化。現在の城は1330年ころウォリック伯が建設,17世紀に邸宅に改造された。

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