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ウンガレッティ ウンガレッティ Ungaretti, Giuseppe

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ウンガレッティ
ウンガレッティ
Ungaretti, Giuseppe

[生]1888.2.10. アレクサンドリア
[没]1970.6.10. ミラノ
イタリアの詩人。エジプトで生れ,1912年フランスにおもむきパリ大学に学び,アポリネールバレリーらと交遊。 15年から対オーストリア戦に参加。戦争は彼の内部で発酵していた主題に出口を与え,生の荒廃と悲劇性,慰めと幻想の必要を,短く凝縮した詩篇に歌い,修辞的なイタリア詩の伝統を大きく変えた。

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デジタル大辞泉の解説

ウンガレッティ(Giuseppe Ungaretti)

[1888~1970]イタリアの詩人。エジプトの生まれ。純粋詩から出発。第一次大戦後に、エルメティズモの代表的詩人となる。作「埋もれた港」「喜び」「時の感覚」「約束の地」、全詩集「ある男の生涯」など。

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百科事典マイペディアの解説

ウンガレッティ

現代イタリアの代表的詩人。エジプトに生まれ,パリ大学,コレージュ・ド・フランスに学ぶ。アポリネールなどの詩人や画家と親交を結び,フランス象徴派(とりわけマラルメ)の影響を示す詩作を営んだ。

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世界大百科事典 第2版の解説

ウンガレッティ【Giuseppe Ungaretti】

1888‐1970
イタリアの詩人。父親がスエズ運河の工事にたずさわっていたため,エジプトのアレクサンドリアで生まれた。砂漠とナイル川,そこに交錯する光と影の世界のなかで,幼いときから身につけた無限の感覚が,詩の基調となった。24歳のときに海を渡って,両親の故郷トスカナ地方を経てパリに赴いた。ソルボンヌ大学ではベルグソンに師事し,詩人のアポリネール,ブルトン,ツァラなど,画家ではモディリアニユトリロキリコらと親交を結んだ。

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大辞林 第三版の解説

ウンガレッティ【Giuseppe Ungaretti】

1888~1970) イタリアの詩人。短詩型による純粋詩を経て、ペトラルカ・レオパルディらの伝統的韻律の現代的蘇生をめざした。詩集「埋もれた港」「時の感覚」「約束の地」など。 → エルメティズモ

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ウンガレッティ
うんがれってぃ
Giuseppe Ungaretti
(1888―1970)

イタリアの詩人。エジプトのアレクサンドリアで生まれる。父親はスエズ運河の工事に携わっていたが、彼が2歳のときに事故死した。以来、食料品店を経営する母親と黒人の乳母に育てられた。黒い乳と、砂漠と、ナイル川と、地中海。そこに交錯する光と影と無限の感覚とが、彼をコスモポリタンの詩人に成長させた。高校まではスイス系のフランス語教育を受けたが、24歳のとき初めて海を渡り、両親の出身地であるイタリアのトスカナ地方を訪れ、故国の文化に強く打たれた。ついでパリに赴き、ソルボンヌで学んだ。同じくエジプトに生まれてパリに学んだ、幼いころからの親友モハメッド・シェアブの自殺は、青年時代のウンガレッティの詩に濃い影を落としている。第一次世界大戦には、イタリアの一兵卒として、対オーストリア戦線に参加、砲弾の飛び交う塹壕(ざんごう)の中で手帳に書き留めた短詩が、いっさいの虚飾をふるい落とした純粋詩となって、処女詩集『埋もれた港』(1916)に結実した。大戦前後に親しく交わったアポリネール、ブルトン、スーポー、ツァラなどの詩人たち、あるいはモディリアニ、ユトリロ、デ・キリコなどの画家たち、あるいはまた終生の盟友ポーランたちとの芸術的交流は、ウンガレッティとともにイタリアの詩壇に移されて、旧来の修辞法に縛られていたイタリア現代詩を革新した。1936年にはブラジルのサンパウロ大学にイタリア文学教授として招かれ、42年にはローマ大学の近現代文学教授となった。59年、フランスの画家フォートリエと文芸評論家ポーランを伴って来日し、講演などを行った。「ある男の生涯」という副題を冠せられた詩集『喜悦』(1919)、『時間の感覚』(1933)、『約束の地』(1950)、『叫び声と風景』(1959)などは、イタリア現代詩の主流エルメティズモ(錬金術主義)の里程標となった。散文集に『砂漠以後』(1961)やフランス語による『無垢(むく)と追憶』(1969)などがある。[河島英昭]

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世界大百科事典内のウンガレッティの言及

【エルメティズモ】より

…ただし,その適用に大別して二つの方向性がある。第一は,19世紀から20世紀初めにかけての三大詩人,カルドゥッチ,パスコリ,ダヌンツィオに代表される旧来の修辞法と鋭く対立し,新たに自由な韻律の口語詩をあらわしたウンガレッティ,モンターレ,クアジモドらの純粋詩を総称する。これは批評家アンチェスキの《20世紀イタリアの詩法》(1953)に見られるごとく,イタリアの純粋詩〈エルメティズモ〉を,象徴主義とりわけマラルメからバレリーにかけてのフランス現代詩の流れと重ね合わせようとする態度で,より広く支持されている。…

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