ゲルラハ(英語表記)Gerlach, Ernst Ludwig von

  • 1899―1979
  • Gerlach, Hellmuth von
  • Gerlach, Leopold von
  • Gerlach, Walther
  • Walther Gerlach

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

[生]1795.3.7. ベルリン
[没]1877.2.18. ベルリン
ドイツの法律家,政治家。 L.ゲルラハの弟。 F.サビニーの歴史法学や J.ハラーの家産国家論に影響されて,キリスト教的,ゲルマン主義的な保守思想をいだき,プロシア王フリードリヒ・ウィルヘルム4世親交を結んだ。 1848年の三月革命以来,保守党のリーダーとなり,その機関紙『十字新聞』 Kreuzzeitungを創刊。 73年プロシア議会議員,77年帝国議会議員となり,反動的な論陣を張った。ビスマルクを自己の弟子のごとくみなしていたが,大ドイツ主義立場からその統一事業に反対,のちには文化闘争をめぐって中央党に合流し,74年にはビスマルク侮辱のかどで罰金刑に処せられた。
[生]1866.2.2. シュレジエン
[没]1935.8.2. パリ
ドイツの政治家。ワイマール共和国時代に大きな影響を及ぼした平和主義者。 R.ブライトシャイトと協力して民主同盟結成 (1908) し,第1次世界大戦中は平和運動を指導,戦後内務次官 (18~19) に就任軍国主義,ユダヤ人差別と戦い,ドイツ人権同盟の議長をつとめ,絶対的平和主義を唱えてナチスに反対したが,ナチス政権が樹立するに及んで,1933年パリに亡命
[生]1790.9.17. ベルリン
[没]1861.1.10. ポツダム
ドイツの政治家。由緒あるプロシア官僚貴族の家門に生れ,初め軍人として解放戦争に参加。国王フリードリヒ・ウィルヘルム4世側近となる。政治的にはロマン主義の影響下に保守的な立場をとり,1848年の三月革命以来,内政面では身分制的な君主政治,外交面では神聖同盟支持。親友ビスマルクをドイツ連邦議会に送った。
[生]1889.8.1. ウィースバーデン,ビーブリヒ
[没]1979.8.10. ミュンヘン
ドイツの物理学者。テュービンゲン大学卒業。フランクフルト大学教授 (1921) ,次いでテュービンゲン大学 (24) ,ミュンヘン大学教授 (29) 。原子構造,磁気学を研究。シュテルン=ゲルラハの実験は有名。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ドイツの物理学者。ビーブリッヒに生まれる。フランクフルト大学、チュービンゲン大学教授を経て、ミュンヘン大学教授。熱放射に関する実験を手がけ、シュテファン‐ボルツマンの法則の定数を決定することに貢献した。1921年フランクフルトで、O・シュテルンとともに、加熱した炉で蒸発した銀原子の細いビームを用いて、スペクトル線の微細構造に関する実験を始めた。一連の実験によって、銀原子は磁場の方向に大きさが1ボーア磁子の磁気モーメントをもつことを示し、方向量子化の確証を与えた。これはまた、磁気モーメントの原子的本性や、その量子論的起源および電荷の原子的構造との関係などの解明に重要な役割を果たした。[小林武信]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

367日誕生日大事典の解説

生年月日:1866年2月2日
ドイツの政治家
1935年
生年月日:1889年8月1日
ドイツの物理学者
1979年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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