コーエン(Joel Coen)(読み)こーえん(英語表記)Joel Coen

日本大百科全書(ニッポニカ) の解説

コーエン(Joel Coen)
こーえん
Joel Coen
(1954― )

アメリカの映画監督、脚本家。ミネアポリス生まれ。弟のイーサンEthan Coen(1957― )とは、アマチュア時代からプロになって以降も映画製作でつねに協力しあう関係にあり、ジョエルが監督、イーサンが製作、脚本は2人の共作といった体制で生み出される彼らの作品は一般に「コーエン兄弟作品」とよばれる。父親はミネソタ大学の経済学の教授で、母親は州立セント・クラウド大学の美術史の教授という知的な環境に育つ。刺激を欠いた地元での暮らしに退屈を覚えるなか、10代のころから兄弟は友人たちとスーパー8ミリ(1964年にイーストマン・コダック社が発表した、50フィート・マガジン入りのフィルム)による映画作りを開始した。

 ジョエルはニューヨーク大学映画学科を1977年に、イーサンはプリンストン大学哲学科を1980年に卒業。ジョエルは、少年時代から8ミリ作品を撮りまくるなど、似通ったバックグラウンドをもつ監督サム・ライミSam Raimi(1959― )のデビュー作『死霊のはらわた』(1983)に編集助手として参加。この作品でブレイクしたライミと兄弟は友情で結ばれ、ライミの次作『XYZマーダーズ』(1985)では、3人で脚本執筆にあたった。一方、兄弟は自身の手による映画作りを決意。3分間の「予告編」をあらかじめ撮影し、個人投資家を自分たちの手で募る方式でデビュー作『ブラッド・シンプル』(1984)を完成させる。ダシール・ハメットの『赤い収穫Red Harvest(1929)のなかで創造された言い回しに由来するタイトル、ジェームズ・M・ケインの代表作で何度も映画化された『郵便配達は二度ベルを鳴らす』The Postman Always Rings Twice(1934)で描かれた三角関係のもつれから起こる殺人事件に影響を受けたストーリー展開と、全体としてハードボイルド・タッチの作品である。低予算のデビュー作と思えぬ完成度の高さばかりでなく、そこにライミの映画にもつながる、大胆な暴力描写などの新味も加わって高い評価を受け、一般公開されるとじわじわと興行成績も伸びをみせた。続いてがらりと雰囲気を変えたコメディの第二作『赤ちゃん泥棒』(1987)でも、前作とほぼ同じ体制――ジョエル監督、イーサン製作、2人の共同執筆による脚本がその核となる――を維持し、作品の細部に至るまでの決定権を握ることに成功を収めた。

 第三作の『ミラーズ・クロッシング』(1990)は、1920年代のアメリカ東部を舞台に、町を二分するギャング組織間の抗争という設定をやはりダシール・ハメットの『ガラスの鍵(かぎ)』The Glass Key(1931)から引用、過去のフィルム・ノワール(犯罪映画)のスタイリッシュな雰囲気が周到に再現された。ところで、それまでにない規模の予算を手にした兄弟は、複雑な構成と時代背景をもつこの作品のシナリオ執筆に苦戦、いったん撤退して自分たちをモデルにハリウッドの安ホテルでシナリオ執筆に四苦八苦する作家を主人公とする脚本を一気に書き上げ、ふたたび『ミラーズ・クロッシング』に戻るという経緯があったが、その脚本が『バートン・フィンク』(1991)として映画化されると、カンヌ国際映画祭でパルム・ドール(グランプリ)、監督賞、主演男優賞の三冠に輝き、コーエン兄弟の名声を決定づけた。内容的には、1941年にホテルの一室に缶詰にされた劇作家バートン・フィンクが体験する閉所恐怖症的な状況をユーモアも交えて描くものだが、兄弟も敬愛するウィリアム・フォークナーを念頭に置いた作家を登場させるなど、映画の脚本執筆のために外部から招かれた無数の作家たちへのオマージュを込めた作品でもある。続いての新作は、コーエン兄弟にとって最大規模の予算で撮影された『未来は今』(1994)。脚本自体は『ブラッドシンプル』完成後に、ライミも加わって執筆されていたが、かなりの予算が必要と予測されたため待機状態にあった企画である。1950年代後半、大都会の巨大なビルに陣取る大企業の傀儡(かいらい)社長となった男の物語で、純朴で正義感の強い男性を主人公とする、1940年代にフランク・キャプラ監督が量産したパターンを踏襲、さらにそこに勝気で口が達者なオフィス・ガールが活躍する、1930年代から1940年代に流行したスクリューボール・コメディ(ネーミングは野球の変化球=曲球に由来し、粋で激しい台詞(せりふ)のやりとり、めまぐるしいシチュエーションの変化、洗練されたエロティックでロマンティックなストーリーといった特徴をもつ)の雰囲気が加味されていた。しかし、興行的に惨敗、コーエン兄弟作品としては初めての事態であった。

 兄弟は続く第六作『ファーゴ』(1996)で、原点に立ち返るかのように、故郷ミネソタ州を舞台にシンプルな構成の映画をつくる。ミネソタで現実に起こった誘拐絡みの殺人事件に着想を得たとされるが、むろん兄弟流に味付けが施されたブラック・ユーモアあふれる物語である。ただし、ストーリー・ラインはこれまでの作品のような過剰な逸脱や捻(ひね)りを排し、映像的にも一面雪で覆われた冬の寒々とした光景をドキュメンタリー的に画面に定着することに専念した。結果として、本作でふたたびコーエン兄弟の評価は高まり、アカデミー脚本賞と主演女優賞、カンヌ国際映画祭でふたたび監督賞を受けた。以降、レイモンド・チャンドラーの世界を湾岸戦争が勃発(ぼっぱつ)した時代のロサンゼルスに置き換えた『ビッグ・リボウスキ』(1998)、ホメロスの『オデュッセイア』を下敷きにしつつアメリカ南部を舞台に3人の脱獄囚の男たちを主人公とする『オー・ブラザー!』(2000)、華麗な男女の結婚詐欺師を主人公にふたたび往年のスクリューボール・コメディの世界に挑む『ディボース・ショウ』(2003)など、メジャーとマイナーの垣根を越えて、独自の映画作りを意欲的に継続させている。

[北小路隆志]

資料 監督作品一覧

●ジョエル・コーエン
ブラッド・シンプル Blood Simple(1984)
赤ちゃん泥棒 Raising Arizona(1987)
ミラーズ・クロッシング Miller's Crossing(1990)
バートン・フィンク Barton Fink(1991)
未来は今 The Hudsucker Proxy(1994)
ファーゴ Fargo(1996)
ビッグ・リボウスキ The Big Lebowski(1998)
オー・ブラザー! O Brother, Where Art Thou?(2000)
バーバー The Man Who Wasn't There(2001)
ディボース・ショウ Intolerable Cruelty(2003)
レディ・キラーズ The Ladykillers(2004)
パリ、ジュテーム~「チュイルリー」 Paris, je t'aime - Tuileries(2006)
ノーカントリー No Country for Old Man(2007)
バーン・アフター・リーディング Burn After Reading(2008)
シリアスマン A Serious Man(2009)
トゥルー・グリット True Grit(2010)

●イーサン・コーエン
レディ・キラーズ The Ladykillers(2004)
パリ、ジュテーム~「チュイルリー」 Paris, je t'aime - Tuileries(2006)
ノーカントリー No Country for Old Man(2007)
バーン・アフター・リーディング Burn After Reading(2008)
シリアスマン A Serious Man(2009)
トゥルー・グリット True Grit(2010)

『ロバート・ハリス責任編集『フィルムメーカーズ5 コーエン兄弟』(1998・キネマ旬報社)』『ロナルド・バーガン著、浅尾敦則訳『すべてはブラッドシンプルから始まった』(2000・アーティストハウス)』

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