シャドー(英語表記)Schadow, Johann Gottfried

  • 1764―1850
  • Johann Gottfried Schadow
  • Schadow, Wilhelm von
  • shadow

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

[生]1764.5.20. ベルリン
[没]1850.1.27. ベルリン
ドイツの彫刻家。画家 W.シャドーの父。初めベルリン・アカデミーで J.タサールトに学び,1785~87年ローマに遊学して A.トリッペル,A.カノーバのアトリエに学んだ。帰国後,王立陶器製作所に所属したが,88年にタサールトの後任として宮廷彫刻家となった。建築家 k.ラングハンスと協力して宮殿の装飾をするほか,90~1800年頃に多くの作品を制作。ベルリンのブランデンブルク凱旋門上の『四頭立て馬車を駆る勝利神』が最も著名。ドイツ古典主義彫刻の代表的作家であるが,同時に厳格な写実性を示している。晩年目を悪くし,芸術理論の著作に専念し,人体比例,表情に関する論文を発表。その他の主要作品『プロシア王女ルイーゼとフリーデリーケの群像』 (1797,ベルリン国立美術館) 。
[生]1788.9.6. ベルリン
[没]1862.3.19. ジュッセルドルフ
ドイツの画家。彫刻家 J.シャドーの子。ジュッセルドルフ派創始者として知られる。彫刻家の父に学んだのち,J.F.ワイチュの弟子となった。 1811年ローマに行き,F.オーバーベック響を受け,ナザレ派に属した。 19年ベルリンに帰りアカデミーの教授。次いでジュッセルドルフ・アカデミーの学長となった (1826~59) 。代表作『ガブリエレ・フンボルトの肖像』 (18,ベルリン国立美術館) ,『羊飼い礼拝』 (24,ポツダム) 。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ドイツの彫刻家。ベルリンに生まれる。王宮彫刻工房でタッサールトAntoon Tassaertに学ぶが、初期の制作は銅版画であった。カトリックのユダヤ女性と結婚するためローマに逃れ、同地で彫刻家カノーバを知り啓発される。1787年ベルリンに帰り、88年タッサールトの後を継いで王宮彫刻工房の指導者となる。写実の生動感を取り入れた古典主義の代表者として、ブランデンブルク門上の『四頭馬車を駆る勝利の女神像』をはじめ王宮関係の建築装飾、記念碑、王侯貴族の肖像彫刻を制作。1815年以降ベルリン美術学校の校長を務め、ベルリンに没。なお、息子ウィルヘルムWilhelm von Schadow(1789―1862)はローマのナザレ派に加わった画家。ベルリン生まれ。1826年デュッセルドルフ美術学校長となり、同地の画派の基を築いた。

[野村太郎]

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精選版 日本国語大辞典の解説

〘名〙 (shadow)⸨シャドウ⸩
① 影の部分。陰影。〔外来語辞典(1914)〕
② 「アイシャドー」の略。
※菊坂(1950)〈田宮虎彦〉「瞼に青いシャドウをつけ、唇を真赤にぬった女」
③ 「シャドーボクシング」の略。
※鏡子の家(1959)〈三島由紀夫〉一「足馴らしをしたり、軽くシャドウをやったり」
④ 絵画・写真などで、最も暗く見える部分や黒色部分。⇔ハイライト。〔実用印刷技術(1957)〕

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