コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

スチュアート スチュアート Stewart, Balfour

16件 の用語解説(スチュアートの意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

スチュアート
スチュアート
Stewart, Balfour

[生]1828
[没]1887
イギリス物理学者,気象学者。エディンバラ大学助手を経て,キュー天文台台長 (1859~71) 。一時気象台に勤務ののち,マンチェスターのオーウェンズ・カレッジ自然哲学教授 (70) 。ロイヤル・ソサエティ会員 (62) 。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

スチュアート
スチュアート
Stewart, Charles

[生]1778.7.28. フィラデルフィア
[没]1869.11.6. ニュージャージー
アメリカ海軍軍人。 1798年海軍に入り,1800年カリブ海で対フランス作戦に従事。 12年アメリカ=イギリス戦争において,アメリカ海軍の新鋭フリゲート艦『コンスティチューション』号を指揮して勇名をはせ,15年イギリスの軍艦『ケイン』号,『レバン』号を奪取した。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

スチュアート
スチュアート
Stewart, Dugald

[生]1753.11.22. エディンバラ
[没]1828.6.11. エディンバラ
イギリスの哲学者。スコットランド学派 (→常識哲学 ) に属する。 1772~85年エディンバラ大学教授,85~1820年同大学道徳哲学教授。最初,エディンバラ大学でファーガソンに学んだが,のちグラスゴー大学で T.リードに学び,彼の学説を奉じた。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

スチュアート
スチュアート
Stewart, Robert Michael Maitland

[生]1906.11.6. ケントブロムリー
[没]1990.3.10. ロンドン
イギリスの政治家,著述家。オックスフォード大学卒業。 1945年労働党下院議員。 47~51年陸軍次官,51年供給政務次官,64~70年教育・科学相,経済相,外相 (2期) を歴任した。主著『現代の政府』 Modern Forms of Government (1959) 。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

スチュアート
スチュアート
Stuart, Charles Edward; the Young Pretender

[生]1720.12.31. ローマ
[没]1788.1.31. ローマ
イギリスの王位要求者。小王位僭称者,若王位要求者と通称される。国王ジェームズ2世の孫,大王位僭称者 J.F.E.スチュアートの子。ローマで育ったが,オーストリア継承戦争でイギリスがフランスと開戦したのを機に,1743年パリにおもむき,フランスの軍事援助を得て王位奪回のためイギリスに侵寇しようとしたが嵐のため果さず,以後 L.G.マレーと連絡を取って再度計画を練り,45年フランス軍とともにナントを出航。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

スチュアート
スチュアート
Stuart, Gilbert (Charles)

[生]1755.12.3. ノースキングストン
[没]1828.7.9. ボストン
アメリカの肖像画家。若年より S.キング,C.アレクサンダーに絵を学んだ。 1775年ロンドンに渡り,アメリカの画家 B.ウェストに師事。 82年同地にアトリエを開き成功。 93年ニューヨークに帰り,翌年からフィラデルフィアに住み,著名な人々を描いて当代の代表的肖像画家となった。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

スチュアート
スチュアート
Stuart, James Denham

[生]1712.10.21. エディンバラ
[没]1780.11.20. エディンバラ
スコットランドの経済学者。エディンバラ大学で法律を学び,弁護士となる。 1735~40年ヨーロッパに遊学,帰国してジャコバイトの乱 (1745~46) に連座,パリなどで長い亡命生活をおくる。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

スチュアート
スチュアート
Stuart, James Ewell Brown

[生]1833.2.6. バージニアパトリック
[没]1864.5.12. バージニア,イエロータバーン
アメリカ南北戦争期の軍人。 1861年北軍の軍職を辞して南部連合軍に入り,第1,2次ブルランの戦い,62年「七日会戦」,フレデリックスバーグ,チャンセラーズビル,ゲティスバーグの戦いなどを歴戦,陸軍少将に昇進。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

スチュアート
スチュアート
Stuart, James Francis Edward; the Old Pretender

[生]1688.6.10. ロンドン
[没]1766.1.2. ローマ
イギリスの王位要求者。大王位僭称者,老王位要求者と通称される。ジェームズ2世と王妃メアリーの子で,誕生に関し偽王子との説が流れ,名誉革命の近因の一つになった。この革命でフランスに送られ,父母からカトリック教徒として育てられ,1701年父の死後ルイ 14世からイングランドジェームズ3世と宣言された。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

スチュアート
スチュアート
Stuart, John McDouall

[生]1815
[没]1866
スコットランドの探検家。 C.スタートオーストラリア探検 (1844~46) に製図者として参加。 1858~62年にはみずから前後6回の探検旅行を行い,60年には大陸中央部まで到達。 62年最後の探検ではこの大陸を初めて南から北へ縦断した。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

スチュアート
スチュアート
Stewart, James

[生]1908.5.20. ペンシルバニア,インディアナ
[没]1997.7.2. カリフォルニアビバリーヒルズ
アメリカ合衆国映画俳優フルネーム James Maitland Stewart。愛称 Jimmy Stewart。内気だが正義感の強い人物の演技に定評があった。プリンストン大学で建築学を専攻し,卒業後マサチューセッツ州のファルマスで学生演劇集団「ユニバーシティ・プレーヤーズ」に加入。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉の解説

スチュアート(James Denham Steuart)

[1712~1780]英国の経済学者。重商主義の理論を体系化し、流通主義的視点に立ちながらも生産過程の分析を試みた。著「経済学原理」など。ステュアート。

出典|小学館 この辞書の凡例を見る
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

百科事典マイペディアの解説

スチュアート

米国の肖像画家。ロード・アイランド州ノース・キングストン近郊生れ。1775年渡英し,ベンジャミン・ウェストに学んだが,ゲーンズバラジョシュアレーノルズの影響をより濃く受けた。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

世界大百科事典 第2版の解説

スチュアート【James Denham Steuart】

1712‐80
イギリスの経済学者。スコットランドの名門貴族の出で,エジンバラ大学で法律学を学び,卒業後弁護士の資格を得たのちヨーロッパ大陸に遊学。亡命中のスチュアート王家の嗣子チャールズエドワード・スチュアート(1720‐88)と知り合い,熱心な支持者となる。帰国後,チャールズが王家の復活を企てて起こしたジャコバイトの反乱(1745)に荷担し,支援活動のために再び大陸に渡る。内乱失敗後大逆罪に問われ,1763年まで大陸で亡命生活を送る。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

大辞林 第三版の解説

スチュアート【James Denham Steuart】

1712~1780) イギリスの経済学者。ジャコバン派の反乱に荷担し大陸に亡命、帰国後「政治経済学原理」を著し、発生史的構成により重商主義経済理論の体系化を行う。

スチュアート【Rod Stewart】

1945~ ) イギリスのロック歌手。1964年にソロ-デビュー、66年ジェフ=ベック-グループへ参加。独特のハスキーな歌声で人気。

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典内のスチュアートの言及

【重商主義】より

…この意図は,D.ヒュームやJ.タッカーを経てA.スミスにつながる経済思想であった。
【主要な理論家・思想家】
 重商主義期の主要な理論家・思想家としては,以上に挙げた人たちのほかに,イギリスでは,労働価値説を萌芽的に説き古典派経済学の最初の人と評価されているW.ペティ,私的所有権の根拠を労働に求めその見地に立脚してT.ホッブズからの前進を示し同時に貨幣・利子論の分野でも貢献したJ.ロック,ロックの貨幣・利子論の系譜に属する自由貿易論者J.バンダーリント,重商主義的性格を残しながらも特異な思想家として主著《蜂の寓話》(1714)を著したB.deマンデビル,古典派経済学の生誕を用意した関係にあるR.カンティヨン,J.ハリス,スミスの師F.ハチソン,さらに有効需要重視の観点から経済学の体系化を試み《経済学原理》(1767)によって〈最後の重商主義者〉と呼ばれることになったJ.スチュアートなどを挙げることができる。 イギリス以外の後進資本主義国だったフランス,ドイツ,アメリカなどは,イギリスの世界市場支配とその産業革命の進展に影響されつつ,その特殊な後進的社会構造を資本主義化したために,重商主義の語をこれらの国における歴史的体制概念として使用することは困難である。…

※「スチュアート」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

スチュアートの関連キーワードローマ暦ローマンローマナイズローマ教会ローマ風呂ローマンノーズローマの泉ローマの祭イエローマスクローマの祭り

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone

スチュアートの関連情報