タンパク質合成(読み)たんぱくしつごうせい(英語表記)protein synthesis

改訂新版 世界大百科事典 「タンパク質合成」の意味・わかりやすい解説

タンパク(蛋白)質合成 (たんぱくしつごうせい)
protein synthesis

生物は細胞内で20種類のアミノ酸を重合させ,機能をもつ多種類のタンパク質分子を合成する。おのおのの種類のタンパク質分子は,定まったアミノ酸配列をもち,配列順序に関する情報は,遺伝子DNA上に塩基配列として書き込まれている。1個のアミノ酸に関する情報は,3個の隣り合った塩基配列(トリプレット)として書かれ,この3塩基の連なりをコドンcodonと呼ぶ。例えば,100個のアミノ酸残基よりなる特定のタンパク質分子種を考えた場合,遺伝子DNA上の300塩基の連なりの部分が,このタンパク質のアミノ酸配列を規定する遺伝情報になっている。DNA上の遺伝情報はメッセンジャーRNAmRNAと略記)分子として読み出され(遺伝情報の転写),mRNAの塩基配列に指令されて,リボソーム上でアミノ酸の重合(ポリペプチド合成)が起こる。リボソームはリボソームRNArRNAと略記)と数十種類のタンパク質分子よりなる細胞内粒子であり,タンパク質合成の工場にたとえられる。アミノ酸は転移RNAtRNAと略記)に共有結合した型で,リボソームへと運ばれる。おのおののアミノ酸種には異なったtRNA分子が対応しており,tRNA分子上にはmRNAのコドンを解読するアンチコドンanticodonという部位が存在する。mRNA上のコドンの順番に従って,アミノ酸はリボソーム上で,tRNAからペプチド鎖へと順次引き渡されていく(遺伝情報の翻訳)。生体内でのタンパク質合成反応は,タンパク質分子のアミノ末端(N端)側からカルボキシル末端(C端)側へと向けて,ペプチドの鎖が伸長する。タンパク質分子のN端側のアミノ酸配列に関する情報は,mRNA上の5′末端側の塩基配列部分に存在しており,mRNAの塩基配列は5′末端側から3′末端側へと向けて,コドン単位でtRNAの働きのもとに,順次解読されていく。タンパク質合成の終止を指令するコドン(終止コドン)が出現すると,ペプチド鎖の伸長は止まり,合成されたタンパク質とmRNAとはリボソームより離れていく。通常mRNAは再度リボソームへと結合し,タンパク質合成の開始を指令するコドン(開始コドン)の部位よりタンパク質合成を再開する。細胞内で合成されるタンパク質・酵素のうち,細胞外へ分泌される分子種もあるが,これら分泌タンパク質の合成は,細胞の膜構造に付着したリボソーム上で起こる。細胞内膜系のうち,リボソームの付着している部位を粗面小胞体と呼ぶが,この部位で分泌タンパク質が盛んに合成されている。

タンパク質合成は生命現象を担う基本的な反応の一つであり,細胞内で最も多くのエネルギーを消費する過程である。各種のアミノ酸分子が,相互にカルボキシル基アミノ基との間で脱水縮合を続けていく反応であり,ポリペプチド合成反応とも呼ばれる。アミノ酸からポリペプチドを形成する反応にはエネルギーが必要であるが,高エネルギーリン酸結合をもつATPアデノシン三リン酸)とGTPグアノシン三リン酸)とがエネルギー源として働く。アミノ酸はATPにより活性化され,アミノ酸のカルボキシル基とtRNAの3′末端のリボースの水酸基とで共有結合を形成し,アミノアシルtRNAとしてリボソームへと運ばれる。アミノ酸とそれに対応するtRNAとの結合を触媒する酵素が,アミノアシルtRNA合成酵素であり,各アミノ酸種ごとに異なった酵素が存在する。リボソーム上でペプチド結合を形成する過程では,GTPがエネルギー源として消費される。高エネルギー分子であるATPとGTPとはこれらの反応に伴って,ピロリン酸とAMP(アデノシン一リン酸),ピロリン酸とGMP(グアノシン一リン酸)にそれぞれ分解される。

 タンパク質合成の過程には多種類の酵素が関与することが知られている。例えば,ペプチド合成の開始段階で働く開始因子initiation factor,ペプチド鎖の伸長段階で働く伸長因子elongation factor,タンパク質合成の終止段階で働く終止因子termination factorなどが知られている。通例これらの各因子は複数種の酵素より成っており,リボソームタンパク質の一部も酵素活性を担っている。原核生物も真核生物も,基本的には共通な機構でタンパク質を合成しているが,真核生物のリボソームは原核生物のものよりやや大きく,関与する因子類の数もやや多い。また,タンパク質合成のいろいろな段階に関して,反応を阻害する抗生物質が数多く知られている。このうち,真核生物のタンパク質合成系にはあまり影響を与えずに,原核生物のタンパク質合成系を阻害する抗生物質は,医薬品として用いられる例が多い。

分子生物学や生化学の発展に伴い,リボソームや酵素類やRNA類を細胞外へ取り出し,精製することが可能となった。これらを試験管内で混合し,化学合成したRNA分子や精製した天然mRNA分子を鋳型に,正確なタンパク質合成を行わせることが可能となっている。この種の反応を,試験管内タンパク質合成in vitro protein synthesisと呼ぶ。
遺伝情報 →核酸
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「タンパク質合成」の意味・わかりやすい解説

蛋白質合成
たんぱくしつごうせい
protein synthesis

生体内における蛋白質生合成と,蛋白質化学合成とがある。蛋白合成ともいう。生合成ではアミノ酸が素材となり,次のような機構で反応が進む。(1) 核内のデオキシリボ核酸 DNAはヌクレオチドの特定の配列という形で遺伝的な情報を含んでおり,メッセンジャーRNA(mRNA)がこれを写し取って細胞質に出る。(2) mRNAは,蛋白質合成の足場であるリボソーム上に付着する。(3) 転移RNA(tRNA)が,その一端にアミノ酸を結合して mRNA上の所定の位置に順次に結合する。(4) tRNAの末端に結合しているアミノ酸同士が順次に結合して,ポリペプチド(→ペプチド)の鎖が延長する。(5) ポリペプチド鎖は,延長が完了すると,リボソームおよび mRNAから離れ,鎖の中のアミノ酸配列順序からくる「くせ」に応じて,自動的に一定の立体構造をとる。なお,ポリペプチド鎖がどこで始まり,どこで終わるべきかの指示も,遺伝情報の中に含まれている。また,mRNAはリボソーム上を順次に滑っていくが,このエネルギーはグアノシン三リン酸(→グアニル酸)から供給される。またアミノ酸が活性化されて各 tRNAに結合するエネルギーは,アデノシン三リン酸が供給する。以上のような蛋白質生合成は,mRNA,tRNA,アミノ酸,リボソーム,エネルギー供給源などの必要成分を正しく混合して,試験管内で行なうこともできる。蛋白質の非生物的な化学合成では,これとは原理が異なり,アミノ酸同士を脱水縮合剤の存在下で縮合させ,これを順次繰り返して目的の配列をもった長鎖のポリペプチドとする。

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