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テンプル騎士団 テンプルキシダン

百科事典マイペディアの解説

テンプル騎士団【テンプルきしだん】

最も代表的な中世の宗教騎士団(騎士修道会)。Templariiという。1118年フランスのシャンパーニュの騎士ユーグHuguesほか数名が聖地巡礼保護のため創立。
→関連項目クレメンス[5世]十字軍トマール

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世界大百科事典 第2版の解説

テンプルきしだん【テンプル騎士団 Templarii[ラテン]】

西欧中世の三大騎士団の一つ。正式名は〈エルサレム・テンプル騎士修道会〉。シャンパーニュ人ユーグHuguesら8人のフランス騎士により1118年,聖地巡礼者の保護を目的としソロモン神殿跡を本拠として創設された。十字軍時代の初期に,騎士道精神と修道制の理念の統一が西欧社会の理想的人間像として追求され,クレルボー修道院長ベルナールの後援によりトロア教会会議(1128)で新形式の騎士修道会として認可された。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

テンプル騎士団
テンプルきしだん

神殿騎士修道会」のページをご覧ください。

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世界大百科事典内のテンプル騎士団の言及

【騎士道】より

…実際にここでの訓戒がどの程度浸透したかは大いに疑問だが,少なくとも当初は〈神の戦士〉をもって自任し実践に努力する騎士が出現したのも事実である。例えば,テンプル騎士団は1120年ころエルサレムの近くで結成され,野営地を設けて巡礼の保護に当たり,サン・ベルナールの指導下に清貧,貞潔,服従を誓った。 12世紀,大小の君侯宮廷の庇護下に成立した抒情詩や物語は,しばしば理想の騎士像を描き出して騎士道の発達に影響を及ぼした。…

【フィリップ[4世]】より

…即位当初,フランドルとギュイエンヌに王権を浸透させようとして,イギリス王エドワード1世と争ったが(1294‐98),初期の目的は達成できなかった。この戦争による多額の財政出費に対処するため,貨幣改鋳,聖職者課税,テンプル騎士団の解散などが行われた。聖職者に対する課税は教皇ボニファティウス8世との間に激烈な衝突を引き起こし,王はフランス身分制議会の始まりとされる三部会を召集(1302),聖俗諸侯や都市の支持を得て教皇に対抗,顧問官ノガレは兵を率いてアルプスを越え,教皇をアナーニの別荘に急襲した。…

※「テンプル騎士団」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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