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バビロニア美術 バビロニアびじゅつBabylonian art

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

バビロニア美術
バビロニアびじゅつ
Babylonian art

メソポタミア文明圏に属し,今日のイラクのバグダード南方約 80kmの地点にあった古代都市バビロンを中心に展開された古代セム人の美術。期間はアッカド王朝(前2400頃~前2200頃)から新バビロニア(前625~前539)までの約 1800年間。たびたび異民族の侵略にあったため遺品は少ない。代表的なものにハンムラビ王時代の同王の頭像(スーサ出土,前18世紀,ルーブル美術館),ハンムラビ法典碑の浮彫(スーサ出土,前18世紀,ルーブル美術館),『水差しを持つ女神』(マリ出土,前18世紀,アレッポ美術館),『ひざまずく男』(ラルサ出土,前18世紀,ルーブル美術館)など。新バビロニア時代にはネブカドネザル2世によってバビロンが最も繁栄した時代であったが,略奪にあってほとんど遺品は残らず,『イシュタル門』(ペルガモン美術館)あるいは行列道路,城塞,王宮跡などにみられる壁面浮彫の記念碑が代表例。

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世界大百科事典 第2版の解説

バビロニアびじゅつ【バビロニア美術】

メソポタミア南部(バビロニア)においてセム族が営んだ美術の総称で,時代的にはほぼ前20世紀初めに始まり,前6世紀を下限とする。ウル第3王朝の滅亡後,イシン・ラルサ時代,バビロン第1王朝時代を一般に〈古バビロニア時代〉(前20世紀初め~前16世紀初め)と称し,美術史的にも〈古バビロニア美術〉の呼称をこの時期に用いる。その後のいわゆる〈中期バビロニア時代〉に,この地はカッシートの支配を受け,次いでいくつかの王朝が興亡を繰り返したが,政治的混乱のあおりを受けて,美術的にはカッシート人による美術の遺品のほかはほとんど作品が伝えられていない。

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