翻訳|phonon
音子,音響量子ともいう。固体中では,多数の原子が相互作用の結果安定な配置をつくるが,各原子はいちばんエネルギーの低い位置に固定されるのではなく,その位置のまわりで微小な振動(格子振動)を行う。格子振動は固体中の音を伝える波であり,格子振動や物質中を伝搬する広義の音波を量子力学で扱う場合,光波を量子化したものをフォトンと呼ぶのに対応して,フォノンという。低温において固体の比熱がデュロン=プティの法則からはずれることを説明するために,P.J.W.デバイによって導入された概念である。
結晶の場合は,構造が周期的なので,振動は波の形で伝わり,振動の際の原子の変位の仕方に応じて,音響モード,光学モード,あるいは横波,縦波と分けられる。振動数は,ふつうの固体で0から毎秒1013の範囲に分布する。音響モードは,固体中で可聴周波数の音波や超音波を運ぶ波であり,音速は105cm/s程度である。光学モードは,結晶の単位胞の中に2個以上の原子を含むときに現れる振動の様式で,単位胞の中に含まれる複数の原子の重心は移動せず,原子どうしの相対的な変位を生じさせる。たとえば,NaClの場合は,単位胞に陽イオン(Na⁺)と陰イオン(Cl⁻)を含み,正負の電荷が反対方向に変位する。このような振動は,固体に光をあてたとき,光(電磁波)の電場から受ける力でイオンが動く方向と一致し,振動が励起されて光(赤外光)の吸収,反射を起こすので,光学モードと名づけられている。
固体のもつ熱エネルギーは格子振動のエネルギーの形で蓄えられる。すなわち,フォノンがどの程度励起されているかによって与えられるので,固体の比熱はフォノンの性質できめられる(ただし,金属の場合は,電子からの寄与がつけ加わる)。高温では,すべてのモードの振動がkT(kはボルツマン定数,Tは絶対温度)の熱エネルギーをもち,比熱はデュロン=プティの法則で与えられる。しかし,低温では,量子効果が顕著に現れて,高い振動数をもつモードは励起されなくなり,比熱に寄与しなくなる。低温にいけば,より低い振動数のモードのみが寄与するようになり,比熱はT3に比例する(デバイ比熱)。熱伝導も,また,フォノンを介しての熱エネルギーの流れである。フォノンが関与する他の熱的な現象としては,熱膨張がある。温度が上昇して振動の振幅が大きくなると,原子間の相互作用ポテンシャルに変位の三次以上の項(非調和項)がきき始め,振動数は固体の膨張により少し小さくなる。この結果,膨張を起こした方が自由エネルギーが小さくなるというのが熱膨張の原因である。
フォノンは,また,固体中の電子とも相互作用をする。低温域を除く金属の電気抵抗は電子がフォノンと相互作用して散乱されることによるもので,温度が高くなると強く散乱されるようになり,電気抵抗は増加する。強誘電体で,相転移が原子の変位を伴うものでは,転移温度の少し上から急激に特定の光学モードの振動数が0に近づき,これをソフトモードsoft modeという。
執筆者:二宮 敏行
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
固体における原子(イオン)振動の量子化によって生じるエネルギー量子をいう。音響量子、音子ともいう。固体の原子は規則的な配列をしているが、それぞれの位置に静止しているのではなく、その周りで絶えず振動している。振動は原子から原子へと次々に伝わり、一種の波として固体内を伝播(でんぱ)する。固体原子が行うこのような運動を格子振動という。格子振動の振動数νは、縦波、横波の別や、波長に依存していろいろな値をとる。量子力学によると、振動は量子化され、振動のエネルギーは
(n+1/2)hν
(hはプランク定数、nは振動の量子数で、0または正の整数)というとびとびの値しかとりえない。基底状態(n=0)のエネルギー(1/2)hνを別にすれば、エネルギーはhνの整数倍になるから、量子数nの振動状態はエネルギーhνの「粒子」がn個存在するものとして理解できる。この「粒子」をフォノンという。これは、光の量子化により生じる粒子、フォトン(光子)と似た存在である。固体を伝わる音波の粒子という意味で、音を表す接頭語フォン(phon)からこのように名づけられた。
フォノンは固体の性質にいろいろな役割を果たす。絶縁体においては、低温の比熱はフォノンの励起として説明され、熱伝導はフォノンの流れとして理解できる。金属では、フォノンは伝導電子と強く相互作用しており、電子の運動を妨げて、電気抵抗の原因になる。また、電子間にはフォノンの媒介によって引力が働く。鉛や水銀などの金属が低温で超伝導になる原因はこの力にある。
[長岡洋介]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
格子振動の音波を量子化したときのエネルギー量子.P.J.W. Debye(デバイ)が固体の比熱が低温で0に近づくことを説明するのに使った概念.光波を量子化して光子とよんだように,結晶中の音波を量子化してフォノンとよんだ.現在は,結晶ばかりでなく,固体中の原子の振動を量子化するときは,すべてフォノンとよぶようになっている.音子とか音響量子の用語があてられたが,あまり使われない.
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
(尾関章 朝日新聞記者 / 2007年)
出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報
…このように,素励起は,粒子系全体の集団運動を量子力学的に記述する手段として生じたものであり,近似的に粒子とみなせるが,それを形成している個々の粒子とは異なる。典型的な素励起であるフォノンphononの場合を考えると,この違いがはっきりする。固体中の原子は基底状態においては格子点を占めているが,励起状態ではその格子点のまわりの運動が考えられる。…
…このように,素励起は,粒子系全体の集団運動を量子力学的に記述する手段として生じたものであり,近似的に粒子とみなせるが,それを形成している個々の粒子とは異なる。典型的な素励起であるフォノンphononの場合を考えると,この違いがはっきりする。固体中の原子は基底状態においては格子点を占めているが,励起状態ではその格子点のまわりの運動が考えられる。…
※「フォノン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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