ドイツの動物学者。ウュルツブルク大学でケリカー、ベルリン大学でJ・P・ミュラーに学び、とくにミュラーの影響を受けて海産動物の研究に従事した。イエナ大学動物学教授(1865~1909)となり、またカナリア諸島、紅海、セイロン島、ジャワ島に採集研究旅行を行った。主として海産無脊椎(むせきつい)動物に関する形態学的、系統学的、および発生学的研究から、「個体発生は系統発生の短縮された、かつ急速な反覆である」とする有名な「生物発生の根本法則」をたてた。この法則はその後長く多くの生物学者に大きな影響を与え、この法則に頼って生物系統を探究しようという努力がなされたが、のちには批判的な意見が多く現れた。ヘッケルは、後生動物は単細胞生物の群体に陥入が生じて腔腸(こうちょう)動物に進化したという腸祖動物説を唱えた。C・R・ダーウィンの進化論が発表されるとただちにこれを受容し、その普及に力を尽くしたが、ダーウィン学説を極端な形で推し進めたために、超ダーウィン主義とよばれた。さらに生態学を学問として確立することにも貢献した。
ヘッケルの哲学的立場は一般には唯物論的一元論であるといわれるが、観念論的自然哲学の要素も多く、複雑である。それにもかかわらず、彼の思想は当時の生物学界、思想界に多大の影響を与えた。主著に『一般形態学』(1866)、『自然創造史』(1868)、『人類の発生』(1874)などがある。
[八杉貞雄]
ドイツの画家、版画家。ザクセンのデーベルンに生まれ、ドレスデンで建築を学ぶが、同学のキルヒナー、シュミット・ロットルフとともに1905年「ブリュッケ」(橋派)を創立し、表現主義絵画の推進者となる。09年ローマに滞在後は主としてベルリンに住み、強烈な色彩と太い輪郭線による求心的な画面構成によって、サーカスの人々や自然の中の青年像などを描く。また同様な手法による内面表出を木版および石版画に託した。ナチスによって退廃芸術家の烙印(らくいん)を押され、44年以降ボーデン湖畔ヘンメンホーフェンに住み同地で没した。晩年は穏やかな風景と人物を描いた。遺作はベルリンのブリュッケ美術館にある。
[野村太郎]
ドイツの動物学者。ポツダムの生れ。ケリカーR.A.von Kölliker,R.フィルヒョーの教えを受け,さらにベルリン大学でJ.ミュラーに師事して,放散虫,海綿動物,腔腸動物等の海産下等動物の研究に入った。1862年にイェーナ大学に招かれ,のちに動物学教授となる。ダーウィン進化論をいちはやくドイツに受容し,その普及と学説の拡大(無機物,人間を含ませる)に尽くした。包括的な系統樹を構想し,形態学を構造的側面のみならず,継時的側面からも動態化した。《一般形態学》(1866)において,分析と総合,物質と精神などのあらゆる二元論に対置して,一元論的世界観(モニズム)を提唱したが,この立場は一生貫徹される。この点で経験的実証科学者よりもむしろJ.B.deラマルク,F.W.シェリングに近い。生物の自然発生を初原物質としてモネラmoneraを想定し,また個体発生と系統発生を重ね合わせた生物発生原則を提起した。さらに意識を細胞に帰属させることによって一元論が完成された。ほかに生態学,分布学を初めて科学として樹立した。晩年にも科学啓蒙活動を精力的に推進し,《生命の不可思議》(1905),《宇宙の謎》(1899)などを著したが,終生学派を成すには至らなかった。
執筆者:河本 英夫
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…下って18~19世紀のJ.B.deラマルクは彼の進化論を展開するにあたって獲得形質遺伝を肯定していて,キリンの首が長い理由を説明する際に採用した用不用説(使用する器官は発達し,不使用器官は退化する)は有名である。19世紀のC.ダーウィンやE.H.ヘッケルも肯定的立場にあった。とくにダーウィンは彼の遺伝理論パンゲン説を論ずる中でそのことを述べている。…
…他方,このころラマルクにより,次いで19世紀中ごろC.ダーウィンによって生物進化論が創始され,これを転機として形態学と分類学は近代的な展開を見せることになる。この過程でE.H.ヘッケルは,対称性によってすべての動物の体制と外形を幾何学的に分析し,その種別によって動物界を分類しようとする形式的な比較形態学を構想して,これを基本形態学と呼んだ。20世紀に入ってもその流れはダーシー・トムソンなどによって継承された。…
…しかし,ダーウィンはこれに具体的な実際の生物群を入れてはいない。ヘッケルはこれを具体的に生物のすべての群をはじめて系統樹に表した(1866,図1)。彼の系統樹では,まず植物,原生生物Protista,および動物の三つの大きな枝分れとなり,それがしだいに分岐して多くの枝を出している。…
…ある生物種族が進化とともに形態を変え,家系のような一つの発展系統をつくりだすこと。ドイツの生物学者E.ヘッケルが著書《有機体の一般形態学》(1866)の中で〈個体発生Ontogenese〉と対をなすものとして作ったことば(もともとはドイツ語でPhylogenie)。 個体発生とは異なって系統発生は実際に目で確かめられるものではない。…
…また胚はあまり分化していない状態の動物とみなされ,その限りで祖先つまり魚類の構造を表しているのだとされる。これに対して,ダーウィンに次いで現れたヘッケル流の考え方によれば,高等動物の発生過程に祖先の動物の形態が一時的に現れる,つまり個体発生は系統発生の短い反復であると見なされる。 痕跡器官にはさまざまな性格のものがあるが,一様にただ無用化した器官であるのではなく,進化や飼育栽培の下でなんらかの機構によって意味深い遺伝的変化が起こったことを物語っている。…
…社会進化論は英米系が中心だという印象が強いが,社会ダーウィニズムをも含めて考えるとすると,もっと太い流れがドイツにあった。ドイツにおける進化論啓蒙の最大の功労者はE.H.ヘッケルである。彼においては,進化論はあらゆる現象の根本原理となり,世界のいっさいは一元的な〈もの〉の進化生成発展の結果だとする〈一元論〉を展開して,ドイツ思想界に圧倒的な影響を与えた。…
…問題はその後ながくくすぶっていて,60年代に再燃し,さらに80年前後に天地創造説と進化論を平等に教えさせるべきだという法案が出されて裁判沙汰となった。
【進化の科学的研究の発展】
ダーウィンの進化論は,同国人T.H.ハクスリー,ドイツの学者E.H.ヘッケルらの活動で普及した。しかしヘッケルにしても,ゲーテ,ラマルク,ダーウィンを三大進化論者として並列するものであり,また進化は認めるが自然淘汰以外の要因を重視する意見も多くの学者によって出されるようになった。…
… 当時ドイツではこの意味のBiologieとほぼ同じ意味に使われていたことばがもう一つあった。それはE.H.ヘッケルが1866年に造ったÖkologieであった。彼はC.ダーウィンの影響の下に動物学の体系化を企てたが,その中において,従来の生理学や形態学その他の分野のほかに,〈動物の無機環境に対する関係および他の生物に対する関係,とくに同所に住む動物や植物に対する友好的または敵対的な関係〉を研究する分野を認める必要があることを述べ,その分野にÖkologieと命名した。…
…〈生態学〉については,その源流は自然の照観という一般的な態度までさかのぼるが,学問分野としての確立は19世紀であった。この世紀の初期に,世界旅行の知見をもとにして,植物群系の分類を論じたA.vonフンボルトは重要な先駆者であったが,生態学ecologyの命名者はE.H.ヘッケルであった(1886)。ただし,彼のいう生態学は,ある環境下での生物の適応を論ずる環境生理学というべき視点であった。…
…反復説recapitulation theoryともいう。ドイツの動物学者E.ヘッケルが,著書《有機体の一般形態学》(1866)の中で主張した〈個体発生は系統発生の短いくり返しである〉という学説のこと。C.ダーウィンが主著《種の起原》(1859)で〈自然淘汰説〉とよばれる生物進化の理論を提唱したのち,ヘッケルはこの説に全面的に賛同し,それにのっとってすべての生物の形態とその成立ちを,自称〈一元論〉的に説明するものとして《一般形態学》を書いた。…
…生物学では,生物体の全体または一部の外形を整理分類するのにこの概念が用いられる。E.ヘッケルは1866年,系統類縁関係による分類とは別に,生物体の軸・極・相称性によって生物界を形態学的に分類することを提唱し,この体系を〈基本形態学Promorphologie〉と名づけた。現在の相称の概念は彼の創始によるところが大きい。…
…しかし,メカニズムの追究を目的として発生を研究する学問が盛んになり,発生学と呼ばれる分野が確立されるようになったのは,19世紀の後半のことであった。これには,E.H.ヘッケルが〈個体発生は系統発生の短縮された,かつ急速な反復である〉という反復説(生物発生原則)を提唱(1866)したことに刺激されたところが大であった。つまり,発生を研究することによって,進化の道筋を現実のものとして目でみることができるであろう,と期待されたのである。…
※「ヘッケル」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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