奈良の葛城(かつらぎ)山に棲むとされた託宣の神。《古事記》によると雄略天皇が葛城山に登ったおり,向いの尾根を天皇の装束や行列と全く同じようすで登ってくる者がいた。天皇が名を尋ねるとそっくり同じ言葉を返し,矢をつがえると同様に矢をつがえた。そこで天皇が互いに名のりあおうと述べると,〈吾は善事も悪事も一言で言い離つ葛城の一言主の大神ぞ〉と答えた。かくて天皇は恐縮し,武器と供人の衣服を献上すると,大神は山を下って天皇を見送ったという。本来,一言主は葛城山の神として狩猟をつかさどり農事に水を供給したりして,山民たちの伝統的な祭祀の対象とされていた。この山民の頭目がおそらく賀茂の役君(えのきみ)氏であったようだ。しかし王権の確立に伴い,山民たちが〈役(えたち)の民〉として宮殿建設などの苦役に従事し,一言主の同族神である事代主(ことしろぬし)神や高鴨(たかがも)の味耜高彦根(あじすきたかひこね)神が大国主神の分身として天皇の〈近き守り神〉(《出雲国造神賀詞》)とされるにつれ,一言主も,宮廷を守護する託宣の神へと祭り上げられたのである。記紀にみえる一言主の示現も,雄略天皇を守護するためであった。のちに役行者(えんのぎようじや)が鬼神たちを密教的な呪法によって駆使したとき,〈役の優婆塞(うばそく),天皇を傾けんと謀る〉と託宣し,逆に役行者によって呪縛されたという伝承(《日本霊異記》)は,律令制が確立したとき,原始的な託宣の神がいかに零落するかを説話的に示している。
執筆者:武藤 武美
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(佐佐木隆)
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記紀に、雄略(ゆうりゃく)天皇が葛城(かつらぎ)山に遊んだときこの神が現れ、ともに猟を楽しんだのち神は天皇を宮近くまで送ったと語る。神が現身(うつしみ)をもって出現し人と交渉するというのは神婚神話以外になく、したがってここには神観念の一変化がみられる。『古事記』では「我は善言でも悪言でも一言で効験(こうけん)を表す神」と名のったといい、これはこの神の呪言神たる性格を示す。またこの神は、『日本霊異記(にほんりょういき)』では鬼神として賀茂役公(かもえのきみ)に使役されて呪縛(じゅばく)され、『役行者本記(えんのぎょうじゃほんぎ)』では黒蛇となって葛城東谷に投棄されるに至る。ここには神の零落の姿がうかがえる。
[吉井 巖]
…人の姿をとって現れる神を意味し,特に霊威のいちじるしい神についていう。古代では葛城一言主神(かつらぎのひとことぬしのかみ)や八幡神(はちまんしん)および航海神である住吉大神がそう呼ばれ,中古以降には菅原道真(北野天神)をはじめとする御霊神(ごりようしん)をさすことが多い。後者の場合そのたたりのすさまじさから〈荒人神〉の意も含まれている。…
…葛城山に住む小角は,鬼神を使役して水をくませ,薪を集めさせるなどし,その命令に従わなければ呪術によって縛るという神通力の持主として知られていたが,弟子の韓国連広足(からくにのむらじひろたり)が師の能力をねたみ,小角が妖術を使って世人を惑わしていると朝廷に讒訴(ざんそ)したために,流罪が行われたという。葛城山一帯には,古くから一言主神をまつる勢力が蟠踞(ばんきよ)し,大和朝廷に対して微妙な関係にあったと考えられるが,役小角はその葛城山に住む呪術師であり,韓国連広足はその名から考えて,外来の呪術を伝える者であったと想像される。《続日本紀》編纂当時,役小角の名は世間に知られていたようであるが,少しおくれて平安時代前期に書かれた《日本霊異記》には,まとまりのある役小角の説話が収められている。…
※「一言主神」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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