日本歴史地名大系 「三津村」の解説
三津村
みつむら
三津湾に南面し、東は豊田郡
村名は正平一三年(一三五八)一〇月日付の小早川実義安堵申状(小早川家文書)に、「当知行安芸国三津村阿曾沼下野守跡間事」とみえる。次いで貞治二年(一三六三)三月一八日の小早川実義自筆譲状(同文書)に「三津村以木谷・三津・風早三ケ村号三津村」とあり、三津村が広狭の両義に用いられていたことがわかる。広義の三津村については永享元年(一四二九)一一月八日の山名常熙施行状(同文書)に「三津三浦地頭職」の語がみえ、小早川盛景がそれを領掌している。三津三浦とは木谷・三津・
三津村
みとむら
三津村
みつむら
役米一石三斗八升七合・川役米一石七斗四升五合・藪運上銀四匁五分を課されている。
役は享保一一年(一七二六)以降二斗を割当てられた(在方諸事控)。「因幡志」には川役米二石九斗三升と記され、
役米が二斗ほど減額されていたと考えられる。同書では古記にみえる家数三〇とある。
三津村
みつむら
三津村
みつむら
三津村
みつむら
三津村
みつむら
三津村
みつづむら
三津村
みづむら
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報