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中山寺 なかやまでら

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

中山寺
なかやまでら

兵庫県宝塚市にある真言宗の寺。山号紫雲山西国三十三所の第24番札所。仲哀天皇の妃,大中津姫を葬った場所で,のちに聖徳太子堂舎がつくられ,十一面観音が安置された。後白河法皇の信仰が厚かった。元暦2=文治1(1185)年に戦火にかかったが,源頼朝が再興して祈願所とした。応永年間に再び炎上したが,慶長8(1603)年に豊臣秀頼再建した。金堂薬師堂,太子堂などがある。

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デジタル大辞泉プラスの解説

中山寺(なかやまでら)

福井県大飯郡高浜町にある寺院。736年創建。真言宗御室派。本尊の馬頭観世音菩薩は秘仏で、国の重要文化財に指定。

中山寺

兵庫県宝塚市にある寺院。推古天皇御代(593~628)の創建とされる。真言宗中山寺派大本山、本尊は十一面観世音菩薩。子授け・安産祈願の寺として知られる。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

中山寺
なかやまでら

兵庫県宝塚市中山寺にある真言(しんごん)宗中山寺派の大本山。本尊は十一面観音菩薩(かんのんぼさつ)。山号は紫雲山(しうんざん)、通称中山観音。西国三十三所第24番札所(ふだしょ)。寺伝によれば、聖徳太子が仲哀(ちゅうあい)天皇妃大仲姫(おおなかつひめ)と香坂(かごさか)・忍熊(おしくま)の二皇子を祀(まつ)り、それに物部守屋(もののべのもりや)の霊を鎮めるため、586年(用明天皇1)に開創したという。奈良時代には三論(さんろん)、法相(ほっそう)など八宗兼学の道場であったが、寛平(かんぴょう)年間(889~898)宇多(うだ)天皇が仁和寺(にんなじ)で出家してから真言宗に属した。その後数度火災にあい、そのたびに復興した。本尊の十一面観音像は平安初期の作で、国重要文化財。そのほか大日如来坐像(にょらいざぞう)、薬師如来坐像、聖徳太子坐像(いずれも重文)などがある。境内には本堂、護摩堂、開山堂のほか遺跡も多い。毎年8月9日夜半に星下り大会式(おおえしき)が行われ、その夜、西国三十三所の観音が星になって当寺に集まるという。また当寺は安産祈願の寺としてよく知られている。[祖父江章子]

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世界大百科事典内の中山寺の言及

【宝塚[市]】より

…市内北東山中にある清(きよし)荒神(清澄(せいちよう)寺)は厄除け・開運で知られ,境内には富岡鉄斎の書画を集めた鉄斎美術館がある。西国三十三所24番札所の中山寺は安産祈願の参詣者が多い。1995年の阪神・淡路大震災では死者116名,全半壊家屋5000棟の被害を受けた。…

※「中山寺」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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