乱・紊(読み)みだる

精選版 日本国語大辞典 「乱・紊」の意味・読み・例文・類語

みだ・る【乱・紊】

[1] 〘他ラ四〙 (古く、「みだす(乱)」と同じに用いられた形)
① 入りまじるようにする。錯綜させる。
万葉(8C後)一一・二八三七「み吉野の水隈(みぐま)が菅(すげ)を編まなくに刈りのみ刈りて乱(みだり)てむとや」
② 散乱させる。ばらばらにさせる。
古今(905‐914)雑上・九二三「ぬきみだる人こそあるらし白玉のまなくも散るか袖のせばきに〈在原業平〉」
秩序だったものを混乱させる。
※地蔵十輪経元慶七年点(883)一「塗に轍(あと)を乱(ミダル)といふこと無し」
④ 平常でないようにする。平穏さをなくさせる。
※狭衣物語(1069‐77頃か)二「さし歩み給へる姿、指貫の裾まで、あまり人の心をみだるべきつまとなり給へるも」
⑤ (「国を乱る」「世を乱る」の意で) 騒動を起こす。平穏を破る。
平家(13C前)二「近習の人々、此一門をほろぼして天下をみたらんとする企あり」
[2] 〘自ラ四〙
① 秩序だったものが混乱する。
※石山寺本金剛般若経集験記平安初期点(850頃)「帰らむといふ心有りて、崩騰(ミタリかへ)たり」
② 平静でなくなる。正体を失う。動揺する。
源氏(1001‐14頃)竹河「かかるすさび事にぞ心はみだらましとうち泣き給ふ」
③ (風や雨、雪が)激しく吹いたり、降ったりする。
※蜻蛉(974頃)下「雨うちみだる暮にて」
[3] 〘自ラ下二〙 ⇒みだれる(乱)
[語誌](1)(一)のように他動詞としては四段に活用したが、中世以降、「みだす」(四段活用)にとってかわられた。しかし、漢文訓読体や和漢混交文では、四段活用の「みだる」が残った。
(2)中世では、他動詞として「みだらす」「みだらかす」なども用いられたほか、近世では、髪、糸などについては、他動詞「みだく」(四段活用)、自動詞「みだける」(下一段活用)も用いられた。
(3)自動詞としては下二段に活用したが、(二)のように四段に活用した例も平安時代にはかなり見られる。そのため、「みだる」を含む複合語においては、「みだり足」「みだれ足」、「みだり心地」「みだれ心地」、「みだりがはし」「みだれがはし」(ただし、「新撰字鏡」「観智院本名義抄」などにおいてはすべて「みだりがはし」)のように、両方に活用したものが多い。

みだれ【乱・紊】

[1] 〘名〙 (動詞「みだれる(乱)」の連用形の名詞化)
① 入りまじって混乱すること。整然としていないこと。
※源氏(1001‐14頃)帚木「風にきほへるもみぢのみだれなどあはれと」
② こころの平静を失って、思い悩むこと。自制を失うこと。
※伊勢物語(10C前)一「かすが野の若紫のすり衣しのぶのみだれ限り知られず」
③ 秩序が崩されること。騒動。騒乱。
古事記(712)下「是に市辺王の王子等、〈略〉此の乱を聞きて逃げ去りたまひき」
※平家(13C前)五「かかる世のみだれに遷都造内裏、すこしも相応せず」
④ 天気が悪くなること。
※源氏(1001‐14頃)明石「空のみだれに、いでたち参る人もなし」
⑤ 能の舞事の一つ。笛を主として、これに大小鼓と太鼓で囃す緩急の変化の激しい秘曲。舞い方にも乱れ足などの特殊な技法を用いる。現在、「鷺乱(さぎみだれ)」と「猩々(しょうじょう)の乱れ」とがあり、前者は空に放された白鷺の喜びを、後者は酔った猩々の乱舞を表わす。
※八帖花伝書(1573‐92)四「猩々のみだれ、大事なり。乱れ足を見合せ、乱れかかる」
⑥ 歌舞伎下座(げざ)音楽の一つ。御殿の場で、局や姫などの女方の出入りに打つ太鼓と能管の鳴物。乱れの鳴物。
※歌舞伎・四天王楓江戸粧(1804)五立「三味線入りのみだれになり」
⑦ 「みだれやき(乱焼)」の略。
長唄・我背子恋の合槌(1781)「文の直焼(すぐや)き、武の乱(ミダ)れ」
⑧ 上方語で、乞食・非人をいう。
浄瑠璃・新版歌祭文(お染久松)(1780)油屋「始めてちっと人間の魂が出来たれば悲しや体がみだれ同然、親の墓へさへ昼は得参らず」
⑨ 上方語で、悪人をいう。〔新撰大阪詞大全(1841)〕
⑩ 取引市場で、子・辰・申の三日をいう。これらの日は、平穏な場面を保つことができないという迷信による。
[2] 箏曲の曲名。乱輪舌(みだれりんぜつ)・輪舌(林雪)・十段の調などともいう。伝八橋検校作曲。純器楽曲で、各段の拍子と速度が不規則である。

みだ・れる【乱・紊】

〘自ラ下一〙 みだ・る 〘自ラ下二〙
① 入りまじる。錯綜する。錯乱する。
※万葉(8C後)八・一六四七「梅の花枝にか散ると見るまでに風に乱(みだれ)て雪そ降り来る」
② ばらばらになる。散乱する。
※古事記(712)下・歌謡「愛(うるは)しと さ寝しさ寝てば 刈薦(かりこも)の 美陀礼(ミダレ)ば美陀礼(ミダレ) さ寝しさ寝てば」
③ 秩序だったものが混乱する。だらしなくなる。
※書紀(720)推古一二年四月(岩崎本訓)「人各任(よさし)有り。掌ること濫(ミタレ)ざる 冝し」
④ (態度・服装などが)格式ばらない。くつろぐ。
※枕(10C終)三「内裏(うち)わたりなどのやんごとなきも、けふはみなみだれてかしこまりなし」
⑤ 平静でなくなる。正体を失う。動揺する。
※石山寺本瑜伽師地論平安初期点(850頃)六八「瞋恚の纏に擾乱せられ、懵ひ憒(ミタレ)て自心を渾濁す」
⑥ (「心が乱れる」「思いが乱れる」の意で) あれこれと思いわずらう。
※万葉(8C後)一四・三三六〇「伊豆の海に立つ白波のありつつもつぎなむものを美太礼(ミダレ)しめめや」
⑦ (「色に乱れる」「女色に乱れる」の意で) 女色に迷う。好色心にまどう。
※源氏(1001‐14頃)藤裏葉「さかしき人も女のすぢにはみだるるためしあるを」
⑧ (「国が乱れる」「世が乱れる」の意で) 騒乱が起こる。平和でなくなる。
※平家(13C前)二「みだれむ世をも見候べき」
⑨ 組成が崩壊する。腐る。
※西大寺本金光明最勝王経平安初期点(830頃)五「膿(う)み爛(ミタレ)き、虫蛆(むし)となり楽しむべからず」
⑩ 身をやつして乞食、非人となる。
※浄瑠璃・伊賀越道中双六(1783)六「いや旦那のおっしゃる通り、大概乱れかかってをりますわい」

みだ・す【乱・紊】

〘他サ五(四)〙
① 秩序だったものを混乱させる。みだらかす。みだらす。
※三代実録‐貞観一二年(870)二月一五日「故実を澆多之(みタシ)失ひ賜ふな」
② 平穏さをなくさせる。みだらかす。みだらす。
※源氏(1001‐14頃)椎本「親の心をみださずやあらむ」
③ 物を散乱させる。ばらばらにする。みだらかす。みだらす。
※平家(13C前)四「御ぐしをみだし」

出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報

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