改訂新版 世界大百科事典 「人文主義法学」の意味・わかりやすい解説
人文主義法学 (じんぶんしゅぎほうがく)
legal humanism
humanistische Jurisprudenz[ドイツ]
人文主義の影響下に中世以来のスコラ的な法学を批判し,これを改革しようとする運動をいう。このいわゆる人文主義法学は,16世紀に,イタリアのアルチャート,フランスのビュデ,ドイツのツァジウスを先駆者としながら,とりわけフランスで隆盛をみた(ブールジュ大学が拠点)。キュジャスとドノーがそのもっともおもな代表者である。17世紀になるとユグノー迫害に関連してオランダに中心が移っている。
中世の法学(主としてイタリアに発達した)に対する批判は,何よりも法学授業の方法とこれと結びついて成立した教授的・釈義的文献に向けられた(〈イタリア風mos italicus〉と〈フランス風mos gallicus〉の対置)。しばしば法文よりも重視された学者の共通意見communis opinioの確定にみられる権威崇拝,諸法文や異なる学説を調和させるための回りくどさ,個別問題をめぐる論争の事細かな叙述による全体的見渡しの不可能などが厳しく非難され,また粗悪な伝承テキストの使用と多数の重要なテキスト個所(とくにギリシア語の)の無視,言語的無教養と歴史についての無知も標的となった。
このような批判面での一致にもかかわらず,人文主義法学に固有の目標となると,プロテスタンティズム,ガリカニスム,ナショナリズム,さらにはアリストテレス的唯名論にかわるプラトン的観念(実在)論の台頭などと結びついて実にさまざまな傾向が存在するが,純粋に法学的な局面に限ってみてさしあたり二つの点を指摘できよう。第1に法学の基礎となるテキストの批判とそれにもとづく校訂版の刊行である。ローマ法大全の法文テキストに対する厳密に言語学的・歴史学的な検討は,その中に抜粋されているユスティニアヌス以前のローマ法源テキストの再構成(パリンゲネシアpalingenesia)やインテルポラティオinterpolatioの研究ともあいまって,ローマ法大全の歴史的・相対的な認識を進めた。しかし全体としては,ローマ法大全が法学にとってもつ権威(模範性)は依然として不動であったとみてよい。新しい法源ではビザンティン法が大きな位置を占め,また国別の法源の刊行も行われた。第2にテキストの解釈方法の改善があげられる。ローマ法大全の法文を簡単明瞭な言葉で,見渡しのきくしかたで,また基本的に法文そのものから説明しようと努めた。そのさい,歴史学的,一部はテキスト批判的な分析が導入されているが,さらには一般的諸原理の抽出およびその体系化もみてとれる(どの解釈手段に重きを置くかは個々の法学者によってかなり異なる)。P.ラムスのような新しい論理学的研究を利用しながら,ローマ法大全の法素材を体系的に再編成しようとした試み(とりわけドノー)は,後代の法の体系化作業に大きな影響を与えた。〈より良いテキストのより良い解釈〉を綱領として掲げたこの人文主義法学が,実際にどこまで法の革新,具体的な法命題の内容変更をもたらしえたのか,逆にいえば,中世法学の成果が人文主義の激烈な攻撃にもかかわらずどこまで保持されていたのかは,今後検討されなければならない問題である。
執筆者:佐々木 有司
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報