短期間に集中して行う全身の総合的な健康診断をいう。対象者は、なんらかの自覚症状があるために受診することもあるが、多くは、まったく自覚症状がない状態で受診する。「ドック」の語は、航海を終えた船舶がエンジンや船体の異常をチェックし、必要な修理を受ける「船舶ドック」から転用されたものである。人間も、肉体的・精神的に多忙な日常生活を過ごす間に生じてくる身体異常を、自覚症状の有無にかかわらずチェックする必要があるという主旨から、1954年(昭和29)国立東京第一病院に最初の人間ドックが開設された。以来、人間ドックは各地の病院に広く普及している。従来からある企業や学校単位での健康診断は、結核の早期発見が主目的であった。しかし、最近では、狭心症・心筋梗塞(こうそく)・脳卒中などの循環器疾患、胃・十二指腸潰瘍(かいよう)・肝炎・肝硬変などの消化器疾患、糖尿病・痛風(つうふう)・脂質異常症などの代謝性疾患、胃癌(がん)・大腸癌・肺癌・乳癌・子宮癌などの悪性腫瘍(しゅよう)といった、いわゆる生活習慣病(成人病)が注目されるようになってきている。今日の人間ドックがもつもっとも大きな目的は、これら疾患の早期発見にある。こうした内容の変化とともに、対象とする人々も変わってきた。すなわち、これまでの健康診断の対象者は、企業の従業員や学校の学生・生徒に限られていたが、人間ドックの場合、その対象者は、組織に属していない一般の人々にまで広げられたわけである。しかし、人間ドックは病気の治療を目的としていないため、健康保険の適用はなく、一部健康保険団体、企業、市町村よりの助成制度があるが、すべて自己負担となる。このため、従来は1週間程度の入院を必要としたが、最近では、時間的・経済的に縮小した1泊ないし2泊の短期入院ドックや外来ドックが主となっている。
[木村和文]
人間ドックで行われる検査項目は、病院の規模の大小や、期間の長短などにより若干の違いはあるが、基本的には大差はない。一般的な問診(既往歴・生活歴・職業歴・家族歴・最近の身体状況など)、内科診察(打診・聴診・触診・視診など)のほかに、次のような身体各臓器の系統的な検査を行う。
(1)呼吸器系 胸部レントゲン写真(正面像・側面像)で、結核、癌などの病変の有無を調べる。さらに必要ならば、喀痰(かくたん)を採取し、結核菌などの病原菌の有無や、癌細胞の発見を目的として病理組織学的検査を行う。呼吸機能検査では、肺活量、1秒率(最大吸気から最初の1秒間に吐き出される気量の割合)などを測定する。
(2)心・脳・血管系 血圧測定は、通常の坐位(ざい)血圧のほか、臥位(がい)や立位で測定することもある。これは、体位による血圧の異常な変動がないかどうかをチェックするためである。心電図は、安静時心電図のほかに、トレッドミルなどで運動負荷をかけ、不整脈や狭心症の有無をチェックする。また、胸部・腹部レントゲン写真から、心・大血管系の大きさ・形の異常(心肥大など)、石灰化(動脈硬化による石灰沈着)の有無を調べる。脳については、頭部のCTスキャン、MRI検査、MRA検査、脳波検査などを行う。また、眼底撮影により細動脈硬化などの変化を観察する。
(3)腎(じん)・尿路系 尿検査では、タンパク・糖の有無を調べる。また、遠心分離した沈渣(ちんさ)(遠心分離機にかけ、上澄みを除いたあとに残るもの)を顕微鏡で観察し、白血球、赤血球、円柱(腎尿細管内でできる凝固物質)、細菌などの病的成分の有無を調べ、腎疾患や糖尿病などのスクリーニング(選別)を行う。また、腎臓の尿濃縮力試験、PSP(フェノールスルホンフタレイン)色素排泄(はいせつ)試験、血液検査(ナトリウム、カリウム、塩素、尿素窒素、クレアチニン濃度など)を実施して、腎機能の評価を行う。
(4)消化管系 食道・胃・十二指腸は、バリウムによる造影検査を行い、必要なら、ファイバースコープにより、粘膜の性状、とくに潰瘍・癌の有無を調べる。小腸・大腸など下部消化管については、まず糞便(ふんべん)の潜血検査を行い、陽性の場合は、注腸造影、大腸ファイバースコープなどの検査を行う。
(5)肝臓・胆嚢(たんのう)・膵臓(すいぞう) 主として血液化学検査(総タンパク、アルブミン、グロブリン、ビリルビン、GOT、GPT、LDH、ALP、γ‐GTP、ZTT、アミラーゼなど)となるが、ほかにB型・C型肝炎ウイルスの有無、胆嚢造影による胆石の有無なども調べる。腹部超音波エコー検査も行われ、必要により腹部CTスキャンを用いることもある。
(6)糖尿病・痛風などの代謝性疾患 空腹時血糖、HbA1c測定や、50~100グラムのブドウ糖負荷試験を行って、耐糖能異常の有無を調べる。また、血中の尿酸値の検査から、痛風のもととなる高尿酸血症の有無がチェックされるほか、血清脂質(コレステロール、中性脂肪など)を調べて、脂質異常症の有無もチェックされる。
(7)血液疾患など 赤血球数・血色素濃度・ヘマトクリット(赤血球容積率)によって貧血症の有無を、白血球数・百分比(顆粒(かりゅう)球・リンパ球・単核球など白血球の種類別の存在割合)・血沈によって感染症、各種血液疾患の有無をチェックする。また、各種血清反応により梅毒、膠原(こうげん)病などの有無も調べる。
(8)その他 外科では直腸肛門(こうもん)診、マンモグラフィーによる乳癌検診を、婦人科では子宮癌検診を中心とした診察を行う。また、必要に応じて眼科、耳鼻咽喉(いんこう)科などの診察を行う。
これらの全身的な診察・検査の結果は、退院時、または指定された日に、担当医より受診者に説明される。もし、異常が発見された場合には、今後の生活において注意すべき点が指示される。場合によっては、より詳しい検査や治療が必要となり、専門医に紹介されることもある。
[木村和文]
『人間ドック年鑑編集委員会編『人間ドック年鑑2000』(2000・ドクターフォーラム出版会、星雲社発売)』▽『日野原重明監修、田村政紀・田嶋基男編『人間ドックマニュアル――健康評価と指導のポイント』第3版(2003・医学書院)』▽『日野原重明監修、小川哲平・猿田享男・田村政紀編著『健診・人間ドックハンドブック』(2004・中外医学社)』
壮年期,老年期にある人で,日常生活を支障なく送っている人を対象として,短期間に全身の総合的な健康診断を,主として入院によって行い,本人の健康状態を評価,把握し,その後の生活における健康面での指導を行う総合健康診断のこと。おもな目的は,自覚されていない各種の慢性疾患,とくにいわゆる成人病を早期に発見することと,老化に伴う心身の機能の低下の度合を判定し,健康保持の方針を確立することである。
船舶が航海中の安全を期するために,定期的に入港,ドック入りして詳しい点検をすることと類似することから,この名で呼ばれる。1938年,東京大学坂口内科に,当時の民政党の代議士の桜内,俵両名が短期入院し,健康診断を受けて,次期政権に参画できるよう,体調を整えようとしたことが初めといわれ,〈人間ドック〉の名称もこの両名によってつけられたといわれている。しかし,病院が本格的に人間ドック・システムを取り入れだしたのは第2次大戦後で,54年に国立第一病院(現,国立病院医療センター)で設置され,しだいに全国に普及した。この背景として,日本の健康保険制度に原則として予防給付が含まれていないこと,高度経済成長を支える企業の中堅以上の幹部の健康管理意識の高まり,各種検査技術の発展,などがあげられる。
当初は,1週間の入院を基本的な形態としていたが,普及に伴って,また検査のスピード化によって,2日入院や外来ドックも利用されるようになってきた。とくに,70年代以降の医療技術,とりわけ診断技術の急速な発展によって,この傾向は強まっており,近年では,健康診断という本来的機能に限ってみれば,外来ドックでも十分に目的を達成できるようになっている。この結果,入院ドック,とくに1週間ドックは,健康診断に加えて,休養のための社会からの一時的隔離という目的を備えるようになった。
最近は,企業・事業主が医療費抑制対策の一環として従業員の健康管理に強い意欲を示しており,中・高年の健康管理に一日ドックなどの短期ドックを採り入れている。
執筆者:日野 秀逸
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