成人病とは悪性新生物(癌),脳血管疾患,心臓疾患など,主として40歳以上の成人,老人の主要な疾病を総称して名づけられたものである。第2次大戦後,栄養状態の改善やサルファ剤,抗生物質などの出現にともない感染性疾患が大幅に減少し,これらに代わって悪性新生物,脳血管疾患,心臓疾患など老化と結びついた変性疾患が増大してきた。1951年にそれまで20年近くも死因第1位を占めていた全結核に代わって脳血管疾患が死因第1位の座につき30年間それが続いた。81年には悪性新生物が1953年以来の死因第2位から第1位になった。心臓疾患は58年以来死因第3位,84年には第2位となり,現在に至っている。このような状況のなかで,1957年厚生大臣の諮問機関として設置された成人病予防対策連絡協議会が,〈成人病〉という言葉を公的に用いた最初である。
加齢(老化)とともに成人のうちに始まり老人にまで慢性的に進行する病気は数多く存在する。たとえば高血圧症,脳動脈硬化症,慢性気管支炎,肺気腫,慢性萎縮性胃炎,脂肪肝,肝硬変,糖尿病,変形性関節症,白内障,老人性難聴など数えれば限りないほどである。医学的な概念としては成人の疾病と老人の疾病とは必ずしも同じ意味ではなく,外国の術語では異なっているが,日本では社会的にも医師の間でも慣用的に同一視されているのが現状である。死亡原因として60%を超えるに至った悪性新生物,脳血管疾患,心臓疾患が三大主要成人病として,公衆衛生的に予防に重点を置き,成人のうちから対処,健康管理をしていくため,施策上の主たる対象とされている。
悪性新生物では胃癌,子宮癌による死亡は減少しているが,喫煙,大気汚染,職業的発癌物質と関連の大きい肺癌や,動物性脂肪の過剰摂取と関係のある大腸癌の増加が著しい。また肝臓癌や乳癌も増加している。心臓疾患では食生活の欧米化に伴って狭心症,心筋梗塞など虚血性心疾患の増加が目だってきている。脳血管疾患では,脳出血が減少し,脳梗塞が増加している。これらの疾患の基礎には高血圧が存在しており,減塩や適度の脂肪摂取が脳卒中の減少をもたらしている。
三大成人病をはじめとして糖尿病,慢性肝疾患などが,永い年月を経ての各個人の生活習慣と,それらの疾患の発症との間に深い関係があることが明らかになってきていることから,成人病を新たに〈生活習慣病〉という概念を導入して,より能動的に予防に取り組もうとの提案(1996年12月公衆衛生審議会意見具申)がなされている。そこでは,生活習慣病とは食習慣,運動習慣,休養・喫煙・飲酒等の生活習慣が,その発症,進行に関与する疾患群と定義され,多くの成人病が含まれている。この概念の導入は,早期発見,早期治療という二次予防から,青少年時代からの健康的な生活習慣の確立によって疾病の発生を予防する一次予防の考え方を重視するものとして大きな意味をもつものといえよう。
執筆者:溝口 勲
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第二次世界大戦後の日本に生まれた独自の用語で、欧米にはこれに相当するものはない。1956年(昭和31)、厚生省(現、厚生労働省)が「成人病予防対策連絡協議会」において、脳卒中(脳血管疾患)、癌(がん)(悪性新生物)、心臓病(心疾患)など中年から老年期にかけて多発する重要疾患をさして「成人病」としたのが始まりとされている。さらに1971年、世界保健機関(WHO)が糖尿病を成人の重要疾患として取り上げて以来、公衆衛生活動としては糖尿病も成人病の一つに加えられた。しかし、死亡統計上は脳卒中、癌、心臓病の3疾患と高血圧性疾患、老衰(精神病を伴わないもの)などとされた。1997年(平成9)厚生省は公衆衛生審議会(現、厚生科学審議会)の提言を受け、成人病の呼称を生活習慣病と改めている。
明治以降、第二次世界大戦までをみると、死因順位の上位は肺炎、結核など感染性疾患によって占められていたが、戦後の公衆衛生の進展に伴い感染性疾患は急激に減少した。すなわち、1935年(昭和10)は感染性疾患が総死亡の43.4%に対し、成人病(生活習慣病)が24.7%であったが、1955年には20.4%対47.2%と逆転するに至った。政府が新たに「成人病」というカテゴリーをつくり、衛生行政の重点的な目標とした背景にはこうした事情があった。
[春日 齊]
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