鎌倉時代から南北朝時代にかけて流行した肖像画の一種。13世紀から15世紀にかけて確認される〈似絵〉の用語例をみると,尊崇や礼拝のための理想化の加えられた肖像画とは異なる写生画的・記録画的肖像画で,主眼はもっぱら対象とする人物に似せることにあったと思われる。したがって神護寺の《源頼朝像》《平重盛像》などは似絵と呼ばれない。作例としては単独像をはじめ,多数の人物を連ねた列座像や,特定の儀式行事のもとに参列する人々を描いた群像などがあげられるが,特定の牛馬などを表した絵画(《駿牛図巻》)についても用いた例があり,14世紀初頭には牛馬似絵を得意とした画家法眼任禅の存在が知られ,流行の広がりを物語っている。人物画像は平安時代以前は賢聖像や高僧像が中心で,鑑戒や礼拝の用途をもたぬ画像はまれであり,特に高位の貴族の面貌をあからさまに描くことをはばかったこともあってか,世俗人物の肖像画はまれであった。
このような傾向に変化が兆したのは平安時代末期で,建春門院の発願により1173年(承安3)に成った最勝光院御堂の御所障子絵はその変化を示唆する事例で,九条兼実の日記《玉葉》の記すところによれば,そこには1172年の日吉御幸などの絵が描かれたが,画面には実際に供奉した貴族たちの似顔が表されていた。障子絵を担当したのは絵師常盤光長であったが,面貌だけはそれを得意とした藤原隆信が手がけたのである。この作例は同時に次代への道を開く似絵の先駆的作品として位置づけることができる。隆信の子藤原信実に至り似絵は新しいジャンルとして確立し,似絵の用語例も彼の活躍期以降現れるのである。信実の作と推定されている《後鳥羽上皇像》(水無瀬神宮)は似絵の代表作の一である。隆信・信実の家系は,1338年(延元3・暦応1)に《花園天皇像》(長福寺)を描いた豪信や15世紀初頭の藤原為盛に至るまで,次々と似絵画家を生んだ。この家系の画家にかかわると考えられる作品として《中殿御会図巻》,《随身庭騎絵巻》(大倉文化財団),《親鸞聖人像》(《鏡御影》。西本願寺),《天皇摂関大臣影図巻》(宮内庁書陵部)があげられる。似絵の遺品にはいずれも細線を引き重ねて面貌の形を整え,対象とする人物の特徴をとらえようとする技法上の特色が認められるが,基本的には大和絵人物画の面貌表現の流れをくんでいる。こうした画風は佐竹本《三十六歌仙絵巻》に代表される想像上の画像を連ねた歌仙絵や同時代の絵巻物の人物の面貌表現にも及んでいる。
執筆者:米倉 迪夫
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大和(やまと)絵様式による肖像画。鎌倉初期ごろから盛んとなり、写実的・記録的傾向が強い。架空の人物図や、尊崇・礼拝の対象に描かれた画像は似絵とはいわない。とくに公家(くげ)、武家の世界で用いられ、単独像はもとより、群像として描かれたものもあり、いずれも面貌(めんぼう)の個性的表現に重点が置かれている。用語としては13世紀中ごろより文献に現れ、15世紀中ごろまで使われている。また人物ばかりでなく、牛馬や具足などの図に用いられた例もみられる。この種の新しい形式の肖像画は、平安末から鎌倉初期の藤原隆信(たかのぶ)に始まり、子の信実(のぶざね)によって発展を遂げた。『後鳥羽(ごとば)上皇像』(大阪・水無瀬(みなせ)神宮)、『随身庭騎(ずいしんていき)絵巻』(東京・大倉集古館)などが信実の作と伝称され、模本として残る『中殿御会図巻(ちゅうでんぎょかいずかん)』の原本を描いたことでも知られる。信実の家系は似絵の画系として受け継がれ、『花園(はなぞの)天皇像』(1338、京都・長福寺)を描いた鎌倉末期の豪信(ごうしん)に至る。なお牛馬の絵では『駿牛(しゅんぎゅう)図巻』『馬医(ばい)草紙』などが有名である。
[村重 寧]
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鎌倉~南北朝期頃に流行したやまと絵系の肖像画の一種。像主の顔に似せて描くのを重視する写生画・記録画の類で,理想化された礼拝用肖像画とは区別される。像主は天皇や貴族が多く,画家も中級貴族の家系であった。12世紀後半に始まる藤原隆信の家系では,隆信の子が似絵の大成者とされる藤原信実で,「後鳥羽天皇像」は代表作。ほかに,信実の曾孫為信とその子豪信(ごうしん)の「天皇大臣摂関影」,豪信の「花園天皇像」などの作品が名高い。1293年(永仁元)頃の「蒙古襲来絵詞」に「馬具足似絵」の書き入れ文字があること,14世紀初期に牛馬似絵を得意とする法眼任禅という画家がいたことなどから,この頃似絵の語が広く用いられたらしい。
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…絵巻には伝統的な大和絵の筆法に新しい要素が加わって,この時代に多岐多様な発展を見せるが,遺品の上でその特色を明らかにするのは次の13世紀である。この時期の絵画では,肖像画における似絵(にせえ)の形成が注目される。人物の面貌を素描風にとらえる似絵の特色は,この時代の写実主義の傾向をもっともよく示すもので,それまでの肖像画とは一線を画している。…
…ここでは,像主の地位や階級などは類型的表現が行われる一方,面貌の描写にのみ写実が求められた。〈似絵(にせえ)〉とは実物を目の前にして描く態度を示す言葉であり,〈似せて描く〉という姿勢は,鎌倉時代の現実主義的風潮を反映して興隆した。似絵に対し,精神性を主眼とした肖像画の典型が頂相であり,これには〈伝神写貌〉が要求された。…
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