番場宿(読み)ばんばのしゅく

百科事典マイペディアの解説

番場宿【ばんばのしゅく】

近江国坂田郡にあった宿駅。現在の滋賀県米原(まいはら)町(現・米原市)にあたる。古代の東山道中世東海道近世中山(なかせん)道が通る交通の要所であった。1246年帰洛途次の源頼経(よりつね)が〈馬場〉で一泊,1280年には飛鳥井雅有が〈ばんばの宿〉に宿泊している。1333年5月9日,足利尊氏に攻められ関東に下る六波羅北方探題北条仲時らは,京極道誉(佐々木高氏)に退路を断たれて番場蓮華(れんげ)寺で主従あわせ430余人が自害に及んだ(《太平記》)。過去帳と墓石群が残されている。1479年当時,小野と番場の間の駄賃は70文,番場と醒井(さめがい)の間は100文であった。江戸時代の番場宿は米原湊との関連で北東に移転し,1843年頃の宿場の町並みは南北1町10間余,家数117軒,人数808人,本陣1軒・脇本陣1軒,人馬継立問屋場6ヵ所,問屋・年寄兼帯6人・庄屋2人・横目2人・帳付2人・馬指2人・人足指2人などの役人がおり,宿建人馬は50人・50疋で,旅籠は10軒を数えた(《宿村大概帳》)。

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世界大百科事典 第2版の解説

ばんばのしゅく【番場宿】

中世,東山道の宿駅。現在の滋賀県坂田郡米原町番場にあたる。1333年(元弘3)5月9日,足利尊氏に攻められ,関東に下る途中の六波羅北方探題北条仲時らは,五辻宮(亀山天皇皇子守良親王)を奉じた山賊・溢者(あぶれもの)などの軍勢にかこまれ,番場蓮華寺で主従432人が自害した。蓮華寺には北条仲時以下の過去帳と墓石群が残る。仲時が奉じた光厳天皇,後伏見・花園両上皇は捕らえられて京に送られ,の日野資名らはここで出家した。

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