侍り(読み)ハベリ

デジタル大辞泉 「侍り」の意味・読み・例文・類語

はべ・り【侍り】

[動ラ変]《「は(這)いあり」の音変化で、神や天皇など、絶対者の前に恐れ入った態度でいるのが原義か》
「いる」の意の謙譲語で、慎み深い態度でいる意を表す。(貴人の御前に)かしこまって控える。
「御前の方に向かひて後ろざまに『誰々か―・る』と問ふこそをかしけれ」〈・五六〉
尊者に対する、あらたまった気持ちの会話・消息(勅撰集などの詞書も含む)に用い、「ある」「いる」の意を慎み深く丁重に表す丁寧語。あります。おります。ございます。
㋐話し手側のものについて用い、謙譲の気持ちを込めてその存在を丁重にいう。謙譲語ともされる。
「いともかしこきは置き所も―・らず」〈・桐壺〉
㋑広く一般的に存在の意を丁重にいう。その事実を自己の知っていることとして、慎み深く表す傾向が強い。
「なにがし寺といふ所に、かしこき行ひ人―・る」〈・若紫〉
地の文に用いて、「ある」「いる」の意を、自己の経験・感想として慎み深く表す。読者を予想した表現ともいわれ、特に中世以降の文語文に多く、雅語的用法として定着した。
「守も…あいなのさかしらや、などぞ―・るめる」〈・関屋〉
「ある山里にたづね入ること―・りしに」〈徒然・一一〉
補助動詞動詞の連用形に付く。
2の場面で用い、聞き手に対し、その動作を丁重に表し、かしこまった表現にする。また、その動作に「…ている」の意を付け加えて丁重にいう場合もある。話し手側の動作に用いたものには、謙譲の気持ちも込められる。…ます。…ております。
「雨の降り―・りつれば」〈・八〉
「松の思はむことだに恥づかしう思ひ給へ―・れば、百敷に行きかひ―・らむことは、ましていとはばかり多くなむ」〈・桐壺〉
㋑地の文に用いる。3の意の補助動詞用法。
「物語にほめたる男の心地し―・りしか」〈紫式部日記
「かかる心憂きわざをなん見―・りし」〈方丈記
[補説]平安時代には、「さぶらう」が尊者のおそばに控える意を主とするのに対し、「はべり」は、ひたすら恐れ入っているという姿勢を示し、存在またはそれの付いた語を謙譲し丁重に表現する、かしこまった気持ちの会話に多用された。平安後期から、丁寧語としての「さぶらう」さらに「そうろう」がこれに代わるようになり、中世になると「はべり」は古風な語として形式化した。

はんべ・り【侍り】

[動ラ変]はべり」の音変化。
「ともかくも覚えたるかた―・らず」〈苔の衣・一〉
「これに過ぎたることは、よもあらじとぞ申し―・りける」〈伽・一寸法師

出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例

精選版 日本国語大辞典 「侍り」の意味・読み・例文・類語

はべ・り【侍】

  1. 〘 自動詞 ラ行変 〙 ( 「這(は)ひあり」の変化したものという ) 這いつくばる動作を表わすところから、絶対者の支配下・恩恵下に存在させていただく、さらに、絶対者・尊者のおそばにいさせていただくという敬語性を帯びるように発展したものか。なお、「はんべり」の語形のものもある。
  2. [ 一 ]
    1. 人や物の存在するのを、天皇や神仏など、絶対者の支配のもとにあるという意識で表現する。(絶対者の支配のもとに)あらせていただいている、つつしんで存在する。
      1. [初出の実例]「餝船(かざりふね)卅艘を以て、客等を江口に迎へて、新館に安置(ハヘラシム)」(出典:日本書紀(720)推古一六年六月(岩崎本訓))
      2. 「如来の尊き大御舎利は〈略〉謹み礼(ゐや)まひ仕へ奉りつつ侍(はべリ)」(出典:続日本紀‐天平神護二年(766)一〇月二〇日・宣命)
    2. 特に、貴人・支配者のそば近くにあらせていただく。つつしんで貴人のおそばにいる。
      1. [初出の実例]「天皇〈略〉宮(とつみや)に還入(かへりおはします)。群臣侍(ハヘリ)」(出典:日本書紀(720)用明二年四月(図書寮本訓))
      2. 「集侍(うごなはりハヘル)親王諸王諸臣百官の人等」(出典:延喜式(927)祝詞(九条家本訓))
    3. 対話敬語として、尊者に対するかしこまり改まった表現(会話、消息、勅撰集などの詞書を含む)に用いる。の「侍り」の支配者に対する敬意が聞き手に移り、「あなたさまのおかげであらせていただく」の気持から、広く「ある」「いる」の意をへりくだり、また、丁重にいう語となったものか。
      1. (イ) 貴人のそばや貴所にいるの意の場合。一説に(ロ)と同義で、ただ存在する場所が貴所にすぎないともいう。
        1. [初出の実例]「かむなりの壺に召したりける日〈略〉夕さりまで侍てまかりいでけるをりに」(出典:古今和歌集(905‐914)離別・三九七・詞書)
        2. 「御前のかたにむかひて、うしろざまに、誰々か侍ると問ふこそをかしけれ」(出典:枕草子(10C終)五六)
      2. (ロ) 自己または自己側のものの存在を、聞き手に対し、へりくだる気持をこめて丁重にいう場合。
        1. [初出の実例]「やまとに侍ける人につかはしける」(出典:古今和歌集(905‐914)恋二・五八八・詞書)
        2. 「いともかしこきはおきどころも侍らず」(出典:源氏物語(1001‐14頃)桐壺)
      3. (ハ) 広く一般に、存在の意(「あり」「おり」)を丁重にいうのに用い、いい方を改まったものにする場合。通常、丁寧語といわれる。→語誌( 2 )
        1. [初出の実例]「女ぎみ『法師にならんと侍は、我をいとひ給なめり』とて」(出典:多武峰少将物語(10C中))
        2. 「昔物語して、このおはさふ人々に、さはいにしへはかくこそ侍りけれと聞かせ奉らむ」(出典:大鏡(12C前)一)
    4. 地の文に用いて、あるものの存在を、自己の経験したこと、知っていることとして、つつしみ深く表わす。読者を予想した表現ともいわれ、特に、中世に多いこの用法は、一種の雅語的用法であるともいわれる。
      1. [初出の実例]「守も〈略〉あいなのさかしらや、などぞはべるめる」(出典:源氏物語(1001‐14頃)関屋)
      2. 「神無月の比、栗栖野といふ所を過ぎて、ある山里にたづね入ること侍りしに」(出典:徒然草(1331頃)一一)
  3. [ 二 ] 補助動詞として用いる。
    1. [ 一 ]の場面で用いる対話敬語。
      1. (イ) 形容詞・形容動詞の連用形、体言に断定の助動詞の連用形「に」の付いたものに付いて、叙述の意を添える「あり」を、へりくだり改まる気持をこめて表現したり、また、単に丁重に表現したりする。後者の場合は丁寧語ともされる。…(で)あります。…(で)ございます。
        1. [初出の実例]「中納言源ののぼるの朝臣のあふみのすけに侍けるとき」(出典:古今和歌集(905‐914)恋四・七四〇・詞書)
        2. 「姫宮の御前の物は、例のやうにては、にくげにさぶらはん〈略〉ちうせい高杯などこそよく侍らめ」(出典:枕草子(10C終)八)
      2. (ロ) 動詞の連用形(または、それに助詞「て」の付いたもの)に付いて、その動作の存続を表わす「(て)あり」の意を丁重に表現したり、また、単にその動作を丁重に表現したりする。…ております。…ます。多く、自己または自己側の動作を表わす動詞に付いて、へりくだる気持がこめられるが、一般的に第三者の動作に用いることもあり、この場合は丁寧語ともされる。→語誌( 3 )
        1. [初出の実例]「おのが身は、此国に生れて侍らばこそ使ひ給はめ」(出典:竹取物語(9C末‐10C初))
        2. 「かかればこそ、昔の人は、もの言はまほしくなれば、穴を掘りてはいひ入れ侍りけめと、おぼえ侍り」(出典:大鏡(12C前)一)
    2. [ 一 ]のものの補助動詞用法として、地の文に用いる。動詞などに付いて、その表現に丁重さを加える。自己の経験や感想をつつしみ深く表わす場合に多く用いられるが、この用法は中古には特殊で、中世以降の擬古文に多くみられる。
      1. [初出の実例]「物語にほめたる男の心地し侍しか」(出典:紫式部日記(1010頃か)寛弘五年秋)
      2. 「笠打ち敷て、時のうつるまで泪を落し侍りぬ」(出典:俳諧・奥の細道(1693‐94頃)平泉)

侍りの語誌

( 1 )活用はラ変であるが、後世はラ行四段化した。「法華義疏長保四年点」に「侍れり」とあり、「今昔‐一九」に「事の外に侍れりけり」とあるなど、完了の助動詞「り」の付いたものがあることから、このころ四段化しはじめていたのだろうとする説がある。なお、現代語でも「はべる」の形で用いられることがある。→侍る
( 2 )( [ 一 ](ハ) について ) 中古の「侍り」は原則として敬うべき聞き手側のものについては用いられない点で、後の丁寧語「さぶらう」「そうろう」や「ございます」とは異なる。当時にも、「蜻蛉‐下」の「な死にそと仰せはべりしは」、「枕‐八」の「よしよしまた仰せられかくる事もぞ侍る」、「源氏‐若紫」の「一日召し侍りしにやおはしますらむ」などのように聞き手側の事柄に用いた用例もあるが、これらは、その事柄が「わが身に侍り」の気持であり、時には「あっていただく」「あってくださる」の意にも解せられるとする説がある。なお、[ 一 ](ハ) の「多武峰少将物語」の例や前記諸例の「仰せはべり」「召しはべり」などを、ある動作が存在するの気持から生じた尊敬表現(「御感あり」など)の「あり」を丁寧に表現するものとみる説もある。
( 3 )( [ 二 ](ロ)について ) 動詞に付く補助動詞の場合にも、中古では、原則として尊敬すべき人の動作に用いた例はみられず、一般的な、丁寧語とみられるものも、その動作を自己の主観として表現する気持のこめられることが多い。なお、中世の擬古文における文章語では、会話文・地の文を通じて、尊敬語とともに用いた例がみられる。「撰集抄‐五」の「小倉のふもとに行ひすましておはし侍りとうけたまはり侍りしかば」や、「徒然草‐二一五」の「心よく数献に及びて、興にいられ侍りき」など。
( 4 )中世になると「はべり」は古風な語として形式化し、「平家」では、わずか三例が、過去の老翁、弘法大師の霊、異邦人の霊という特殊な存在の会話に用いられているに過ぎない。近世の俳文の「侍り」については、直接には連歌師の文章の伝統を受け継いだものとする説がある。
( 5 )伝聞の助動詞「なり」や、推量の助動詞「めり」などの付く場合には、「はべなり」「はべめり」となることがある。「はべんなり」「はべんめり」の撥音「ん」の無表記と考えられる。「蜻蛉‐下」の「不定なることどももはべめれば」や、「源氏‐帚木」の「かやうなる際(きは)は際とこそはべなれ」など。


はんべ・り【侍】

  1. 〘 自動詞 ラ行変 〙 ( 「はむべり」とも表記。「はべり(侍)」の「べ」の前に、鼻音「む」のはいってできた語形か。→語誌 )
  2. [ 一 ]
    1. はべり(侍)[ 一 ]
      1. [初出の実例]「是夕(こよひ)衣通郎姫、天皇を恋(しのひ)たてまつって、独り居(ハムヘリ)」(出典:日本書紀(720)允恭八年二月(図書寮本訓))
    2. はべり(侍)[ 一 ]
      1. [初出の実例]「時に秦の酒の公、侍坐(オホトニハムヘリ)」(出典:日本書紀(720)雄略一二年一〇月(図書寮本訓))
    3. はべり(侍)[ 一 ]
      1. [初出の実例]「此のめのわらはは、たえて宮仕へつかうまつるべくもあらずはんべるを」(出典:竹取物語(9C末‐10C初))
    4. はべり(侍)[ 一 ]
      1. [初出の実例]「津の国難波の里に、おうぢとうばと侍(ハンベ)り」(出典:御伽草子・一寸法師(室町末))
  3. [ 二 ] 補助動詞として用いる。
    1. はべり(侍)[ 二 ]
      1. [初出の実例]「むつび聞こえさせんもはばかること多くすぐしはむべるを」(出典:源氏物語(1001‐14頃)蓬生)
    2. はべり(侍)[ 二 ]
      1. [初出の実例]「塩焼の文正と申す者にてぞはんべりける」(出典:御伽草子・文正草子(室町末))

侍りの語誌

( 1 )成立については、「はべり」が「はひ(這)あり」から変化したものとすれば、その変化の過程で、実際には「べ」の前に鼻音mのはいっていたのが、「はべり」とも「はむ(ん)べり」とも表記されたもののようにも考えられる。
( 2 )訓点資料に多く見られるが、訓点資料の表音性から、「はべり」よりも「はんべり」の方が一般的であったとも推測される。中世末期においても、「ロドリゲス日本小文典」に、「文書体」の「過去形に用いられる助辞」として、「にけり」「にたり」などとともに「nifamberi(ニハンベリ)」をあげ、「日葡辞書」で、「はべり」は載せないが、文書語として「Fanberi(ハンベリ)」を載せている。

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