出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
六道のそれぞれにあって衆生を救済するという6体の地蔵菩薩。六地蔵の信仰は,中国などには先例がなく,六道思想の発達に刺激されて日本で形成されたものである。六地蔵の始源には諸説あるが,11世紀中ごろの実睿(じつえい)撰《地蔵菩薩霊験記》のなかで,〈六道の衆生のために六種の形を現せり〉として各尊の持物や印を説明しているのが,六地蔵に関する最初の具体的記述である。12世紀になると,往生伝や貴族の日記に,六地蔵の記載が散見し,また中尊寺など六地蔵を安置する寺院も現れる。しかし依拠すべき経典儀軌がないため,各尊の形像や名称は一定しなかったようで,鎌倉時代の図像集である《覚禅鈔》や《白宝口抄(びやくほうくしよう)》は,さまざまな種類の六地蔵をあげている。《源平盛衰記》は,西光法師が京都に入る七道の辻ごとに六地蔵を安置したという話を記しているが,盆の7月24日に六地蔵を回るいわゆる六地蔵詣は,京都では15世紀末ころからはじまった(地蔵盆)。さらに江戸時代初期の17世紀になると,賀茂深泥(みぞろ)池(のち出雲路の上善寺に移る),山科四宮の徳林庵,伏見六地蔵の大善寺,上鳥羽の浄禅寺,桂の地蔵堂,常盤(ときわ)の源光寺の6ヵ所の地蔵を回る〈山州洛外六地蔵詣〉が盛んになった。後にはこれにならって,比叡山東坂本,高野山,大坂,江戸など各地でも六地蔵詣が始まり,その巡礼歌や縁起も作られた。これら有名な六地蔵とは別に,路傍や町の辻に安置された石像の六地蔵は各地にみられ,民間における地蔵信仰(地蔵)の広まりを示している。
執筆者:速水 侑
狂言の曲名。出家狂言。大蔵,和泉両流にある。ある田舎者が新築の地蔵堂に六地蔵を安置しようと,都へ仏師を探しに行く。これを知った都のすっぱが田舎者に,自分は安阿弥の流れをくむ真仏師(まぶつし)だと偽り,一昼夜で因幡薬師の仏堂のそばに六地蔵を作っておこうと約束する。すっぱは仲間2人と語らい,約束の刻限に3人で乙(おと)の面をつけ,3体の地蔵をよそおって仏堂のそばに立っている。地蔵を受取りにきた田舎者が,もう3体はと問うと,すっぱは脇堂にあると答え,田舎者に先回りして,3人で指定の印相をして立っている。その姿が気にいらない田舎者が,何度も印相を変えさせて仏堂と脇堂を往復するので,すっぱたちもあわてて右往左往するうちに,化けの皮がはがれてしまう。登場は田舎者,すっぱ甲,すっぱ乙,すっぱ丙の4人で,すっぱ甲がシテ。以上は大蔵流の筋立てだが,和泉流ではすっぱは仏師をよそおうだけで,別に仲間3人が地蔵に化け,その仮面も乙とはかぎらず賢徳(けんとく)などがまじる。類曲に《仏師》がある。
執筆者:羽田 昶
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
六道(地獄(じごく)・餓鬼(がき)・畜生(ちくしょう)・修羅(しゅら)・人間・天上)のそれぞれにあって、衆生(しゅじょう)の苦悩を救済する地蔵菩薩(じぞうぼさつ)のこと。その名称・形像は典籍によって異なるが、一般には、地獄道を化す金剛願(こんごうがん)、餓鬼道を化す金剛宝、畜生道を化す金剛悲(ひ)、修羅道を化す金剛幢(とう)、人間道を化す放光(ほうこう)、天上を化す預天賀(よてんが)地蔵の総称とされる。日本では平安中期以来、六地蔵の信仰が盛んになり、岩手県・中尊寺、茨城県・六地蔵寺、新潟県・光照寺、京都府・大善寺など各地に六地蔵が安置された。六地蔵には、寺院・路傍・墓地などに祀(まつ)られた六体の地蔵や、あるいは地蔵堂に祀られたもの、六か所の寺院や堂に安置されるもの、また各所の地蔵尊のうちから六か所を選んだものなどがある。また石灯籠(いしどうろう)などに6種の地蔵を刻んだ場合などもある。
[佐々木章格]
狂言の曲名。雑狂言。新たに建立した御堂(みどう)に安置する六体の地蔵を購入するために上京した田舎(いなか)者、声をかけられたすっぱ(シテ)を仏師と信じ込み、翌日に因幡(いなば)堂で受け取る約束をする。まんまと仏師になりすましたすっぱは、仲間2人を呼び出し、3人で3体ずつ二度に分けて地蔵の姿に取り繕い田舎者をだます算段をする。当日、因幡堂の後ろ堂と脇(わき)堂の二か所を忙しく行き交いながら、田舎者に地蔵を見せるうちにだんだん立ち姿が崩れ、ついに化けの皮がはがれ、追い込まれる。和泉(いずみ)流ではすっぱの仲間3人が地蔵に化け、シテは仏師の姿で終始する。類曲に『仏師』がある。地蔵のおひろめ場所を本舞台と橋懸(がか)りに設定し、その間をだまそうとするすっぱと確かめようとする田舎者が走り回り、能舞台の特性を縦横に発揮する。
[油谷光雄]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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