古歌に詠まれた六つの玉川の総称。またこの六玉川の歌を題材とした邦楽の曲名。
(1)古歌による六玉川。弘法大師(空海),藤原俊成(としなり),藤原定家(さだいえ),能因らの歌に詠まれた六つの玉川を総称したもので,山城(京都)の井出,紀伊(和歌山)の高野山,摂津(大阪)の三島,近江(滋賀)の野路(のじ),武蔵(東京)の調布,陸奥(宮城)の野田の玉川を指す。弘法大師は〈忘れても汲みやしつらむ旅人の高野のおくの玉川のみづ〉(《風雅集》),俊成は〈駒とめてなほ水かはむ山ぶきの花の露そふ井出の玉川〉(《新古今集》)と詠んでいる。
(2)邦楽の曲名。(1)を題材として作られたもので,箏曲の組歌,富本,清元,山田流箏曲,新内節,長唄などにある。箏曲の組歌は宝暦(1751-64)ころ三橋(みつはし)検校の作曲。富本は本名題を《草枕露の玉歌和(たまがわ)》,1846年(弘化3)3世鳥羽屋里長(とばやりちよう)の作品が現在も残る。清元は富本からの移曲。山田流箏曲も富本を移したもので,それぞれ虫の音,晒(さらし),砧(きぬた)など,三味線の技法に見るべきものがある。新内節は本名題《六玉川秀歌姿見(しゆうかのすがたみ)》。長唄は4世杵屋(きねや)六三郎作曲。本名題《六玉川琴柱の雁(ことじのかりがね)》。1829年(文政12)正月,江戸河原崎座で初演された《江南魁曾我(みんなみにさきがけそが)》の対面の場に置かれた舞踊劇で,野路の玉川の部分に,曾我兄弟と化粧坂(けわいざか)の少将が晒の踊りを演じる。
執筆者:長尾 一雄
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
清元(きよもと)の曲名。本名題(ほんなだい)は『草枕露(くさまくらつゆ)の玉歌和(たまがわ)』。3世鳥羽屋里長(とばやりちょう)が、1846年(弘化3)富本(とみもと)節として作曲したもの。この後半に多少手を加え、清元でもそのまま演奏される。曲名の由来は、古歌に詠まれた六つの玉川、すなわち、井手(いで)(京都)、高野(こうや)(和歌山)、野路(のじ)(萩(はぎ)の玉川とも。草津)、三島(大阪府高槻(たかつき)市。清元では「津の国」)、野田(千鳥の玉川とも。宮城)、調布(たつくり)(東京)を歌い込んだことによる。舞踊を伴い、三味線が活躍する作品で、後半の「晒(さらし)の合方(あいかた)」は『越後獅子(えちごじし)』に似た旋律も現れ、変化に富んだテンポとリズムで構成されている。山田流箏曲(そうきょく)にも取り入れられている。
[茂手木潔子]
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