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内野(京都) うちの

世界大百科事典内の内野(京都)の言及

【京都[市]】より

…この大火により大内裏の諸官衙が焼失したが,大極殿はこののち再建されることはなかった。大内裏の中は荒廃の一途をたどり,鎌倉時代には一面野原となり,内野(うちの)と呼ばれた。
[武家政治の時代と京都]
 鎌倉幕府の成立は,京都の政治的地位を低下させた。…

【平安宮】より

… 一方,官衙の方も,平安末期の1177年(治承1)4月,京中の過半を焼いたという大火,いわゆる太郎焼亡により,大極殿以下がほぼ全焼,廃墟と化した。 古くから宴の松原一帯が内野(うちの)と呼ばれていたが,ここに至って宮城全域に拡大され,鎌倉時代には内野の蕪が京の名産となっている。朱雀路を北に延長した道が内野を通り,いつしか千本通と呼ばれるようになるが,これは,一帯に多くの卒塔婆の立つ葬送地となったことによるものであろう。…

※「内野(京都)」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

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