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国民民主党[ポーランド] こくみんみんしゅとう[ポーランド]Stronnictwo Narodowo-Demokratyczne

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

国民民主党[ポーランド]
こくみんみんしゅとう[ポーランド]
Stronnictwo Narodowo-Demokratyczne

ポーランドの民族主義政党。 1883年に結成された「ポーランド連盟」 (1893年に「国民連盟」と改称) を前身とし,97年にその大衆組織として発足。 1919年に国民農民同盟,28年に国民党と改称した。この政治的潮流は一般に国民民主主義で総称され,そのポーランド語略称「エンデツィア」で知られている。おもな指導者は R.ドモフスキ,W.グラプスキ,M.セイダ。会議王国 (ポーランド王国) と呼ばれたロシア領ポーランドで発展し,1905年以降オーストリア領,09年以降プロシア領でも勢力を伸ばした。民族ブルジョアジーの利益を擁護したが,傘下組織として 1899年に農民啓蒙協会,1905年に国民労働者同盟を発足させ,民族主義的な立場から農民,労働者をも運動に引入れるよう努めた。しかし大きな成功は収めえなかった。当初は西ヨーロッパ的な自由主義,民主主義の理念を標榜したが,05年以降権力主義や反ユダヤ主義のような非合理的な傾向を強めるようになり,対外政策においては現実政治の立場から反ドイツ・親ロシア (ロシア革命後は親フランス) 主義をとった。 19~26年には多くの政府に首相,閣僚を送ったが,26年の J.ピウスツキのクーデター後,政権に不参加。 34年議会民主主義を擁護する老人派とファッショ的な青年派とに分裂。第2次世界大戦中老人派は W.シコルスキ政府 (亡命政府) に参加。青年派は戦中および戦後しばらくの間,反ドイツ・反ソの抵抗運動を行なったが,戦後政党活動を禁止された。

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