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塩津 しおつ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

塩津
しおつ

滋賀県北部,長浜市西部の旧村域。琵琶湖北岸に位置する。1955年永原村と合体して西浅井村となり,1971年町制。2010年長浜市に編入。かつては湖港で,塩津街道(現国道8号線)の要地平安時代から江戸時代まで琵琶湖水運の要津として栄え,北国の貢米や物資を船積みした。その後は農村となったが,往時の船溜りや問屋などが残る。

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百科事典マイペディアの解説

塩津【しおつ】

琵琶湖北岸,近江国伊香(いか)郡にある地名。現滋賀県西浅井町(合併し,現在は長浜市)の塩津浜にあたる。畿内北陸道諸国を結ぶ陸路の要所であるとともに,大津まで諸国の物資を運ぶ重要な湊津で,湖北三湊の一と称された。

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世界大百科事典 第2版の解説

しおつ【塩津】

滋賀県伊香郡西浅井町塩津浜。古代以来の琵琶湖北岸の港市。北陸道の敦賀津と平城京平安京とを結ぶ交通の要衝である。《延喜式》の諸国運漕雑物功賃の項では,敦賀・塩津間の駄賃,塩津・大津間の船賃が規定されている。中世初頭の塩津は八条院領の荘園で,以後,後高倉院,式乾門院,室町院,永嘉門院,伏見宮貞成親王と,皇族領として伝領された。室町時代には伏見宮領と南禅寺末寺の聖厳寺領とが並存している。塩津荘地頭職は承久の乱後,小串民部大夫に恩給され,その後小串入道の婿の熊谷直村に譲与された。

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日本の地名がわかる事典の解説

〔地域名〕塩津(しおつ)


滋賀県長浜市西浅井(にしあざい)町東部の地区。
琵琶湖北岸に位置する。現在の地名では塩津浜・塩津中などに相当。古代から湖上水運の要衝、北陸道の敦賀と京を結ぶ塩津街道の中継点として発達。『万葉集』などの古歌にも詠まれた。街道は現在の国道8号にあたる。

〔滋賀県〕塩津(しおつ)


滋賀県西浅井(にしあざい)町東部の地区。琵琶(びわ)湖北岸に位置する。古代から湖上水運の要衝、北陸道(ほくりくどう)の敦賀(つるが)と京を結ぶ塩津街道の中継点として発展し、『万葉集』などの古歌にも多数詠まれた。街道は現在の国道8号にあたる。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

塩津
しおつ

滋賀県北部、長浜(ながはま)市の一地区。旧塩津村。琵琶(びわ)湖最北岸の塩津湾に位置し、塩津浜集落は古代から琵琶湖水運の要港として、また敦賀(つるが)(福井県)へは塩津街道が通じてにぎわった。「高島の阿渡(あど)の湊(みなと)を漕(こ)ぎ過ぎて塩津菅浦(すがうら)今か漕ぐらむ」(『万葉集』巻9)など、北部の塩津山とともに古歌にも詠まれる。塩土老翁(しおつちのおじ)を祭神とした塩津神社があり、本殿は県指定文化財。JR北陸本線柳ヶ瀬(やながせ)トンネル開通後は一時衰退したが、塩津街道が国道8号として整備され活況を呈しつつある。[高橋誠一]

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