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大宝寺 たいほうじ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

大宝寺
たいほうじ

愛媛県松山市にある真言宗の寺。寺伝に大宝年間 (701~703) 越智氏の創立と伝えているが明らかでない。本尊の平安時代後期作の『阿弥陀如来像』や構造などから,創立年代はもっと下るとみられる。本堂は平安時代の古様を伝える四国地方最古の遺構で,国宝。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

大宝寺
だいほうじ

愛媛県上浮穴(かみうけな)郡久万高原(くまこうげん)町久万にある真言(しんごん)宗豊山(ぶざん)派の寺。菅生(すごう)山大覚院と号する。本尊は十一面観音(かんのん)。四国八十八か所第44番札所。701年(大宝1)百済(くだら)の僧が十一面観音像を奉納したことに始まるという。あるいは、同年に猟師が久万山中で観音像をみつけ、これを草堂に安置したのが始まりともいう。保元(ほうげん)年間(1156~59)後白河(ごしらかわ)天皇の病気平癒を祈願して山号を下賜された。江戸時代には領主と農民との仲介を果たし、一揆(いっき)の調停役として危機を救ったことで有名。たびたび火災にあったが明治以後復興した。[眞柴弘宗]

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世界大百科事典内の大宝寺の言及

【久万[町]】より

…中心集落の久万は土佐街道沿いの旧宿場町で,江戸時代は松山藩の久万山代官所が置かれた。また四国八十八ヵ所44番札所菅生山大宝寺の門前町として栄えた。基幹産業は農林業で,米作のほか,高冷地を利用した野菜栽培,肉牛飼育が盛ん。…

※「大宝寺」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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