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天台山 テンダイサン

百科事典マイペディアの解説

天台山【てんだいさん】

中国,浙江省東部にある天台山脈の主峰(華頂山とも。1098m)。山脈中には四明山,雪鳳山などがある。古くから仏僧・道士が住し,3―6世紀に多くの寺院・道観が建てられたが,575年智【ぎ】(ちぎ)が禅林寺を興してから,天台宗の根本道場とされ,598年煬帝(ようだい)は国清寺を建て,以後天台宗の列祖はこの山に住して教線を張った。

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大辞林 第三版の解説

てんだいさん【天台山】

中国、浙江省東部にある山。道教の霊山とされてきたが、575年、智顗ちぎが入山して天台宗を開き、根本道場としてから、仏教の中心地となる。海抜1136メートル。ティエンタイ-シャン。
比叡山。日本天台宗の中心地であることからいう。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

天台山
てんだいさん

ティエンタイシャン(天台山)山脈」のページをご覧ください。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

天台山
てんだいさん

中国、浙江(せっこう)省天台県北にある仏教の名山。標高1200メートル前後の諸峰の谷間には、かつて無数の寺院が点在した。もと道教の霊山で、「天上の三台星に応ずる地」とされて天台山の名が生まれた、と伝えられる。4世紀中ごろから仏僧が入山して仏寺建立が盛んになった。575年に入山した智(ちぎ)(天台宗開祖)は、陳(ちん)の宣帝の保護を受けて修禅寺(しゅぜんじ)(宋(そう)代に大慈寺と改名)を建て、天台宗の根本道場とした。智の没後、弟子の灌頂(かんじょう)らが隋(ずい)の晋王(しんおう)(のち煬帝(ようだい))の援助を受けて601年に天台山寺を創建し、605年煬帝から国清寺の額を賜与された。これが「天下四絶」の一つとたたえられた天台宗総本山の国清寺である。
 日本天台宗祖の最澄(さいちょう)が804年に山に入り天台法門と菩薩戒(ぼさつかい)を受けて以降、円載(えんさい)、円珍(えんちん)、成尋(じょうじん)、栄西(えいさい)、重源(ちょうげん)らが唐から宋にかけて続々と天台山を訪れた。現在、国清(こくせい)寺には高さ59メートルもある六角九層の隋代の(せんとう)のほか、山門を入ると、正面中央から奥へ弥勒(みろく)殿、雨花殿、大雄宝殿が建ち並び、この三大殿の左右には妙法堂、観音殿、禅堂など多くの堂宇が侍列し、昔日のたたずまいをしのばせている。[佐藤智水]

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