栄村(読み)さかえむら

日本歴史地名大系 「栄村」の解説

栄村
さかえむら

[現在地名]西区押部谷町栄(おしべだにちようさかえ)・桜(さくら)が丘東町(おかひがしまち)一―六丁目・桜(さくら)が丘西町(おかにしまち)一―六丁目・桜(さくら)が丘中町(おかなかまち)一―六丁目・月(つき)が丘(おか)二丁目

明石川上流に位置し、西は押部村。北東は摂津国八部(やたべ)郡衝原(つくはら)村(現北区)。応仁元年(一四六七)八月一一日のしんくう檀那売券(肥塚文書)に「さかい」とみえ、当地と小(こ)村の押部殿に対する広峯(ひろみね)神社(現姫路市)の檀那を六〇〇文で売却している。


栄村
さこむら

[現在地名]中村区千原(ちはら)町・栄生(さこ)町・佐古前(さこまえ)町・藤(ふじ)ノ宮(みや)通、西区米田(よねだ)町・松前(まつまえ)町

愛知郡の北端にあり、東は町続の押切(おしきり)村(現西区)に接し、北は城下から枇杷島(びわじま)へ出る栄出(さこで)町往還道(現西区)である。本郷の集落は西の日比津(ひびつ)村に接して開ける。「尾張国地名考」は「さかふ」、「尾張志」は「さこ」と読むが、現在はさことよぶ。寛文一一年(一六七一)の家数一四七、人数七三〇(寛文覚書)。「徇行記」によれば、田五九町二反五畝余・畑一二町九反七畝余。


栄村
さかえむら

面積:二七〇・五一平方キロ

長野県の最北端に位置し、千曲川及びその支流志久見(しくみ)川・中津(なかつ)川の流域と上信越高原国立公園の山岳部を含む。新潟・群馬両県に接する。総面積の九五・三パーセントが山林原野、耕地はわずか三・三パーセントの山村。日本でも有数の豪雪地帯である。

千曲川北岸に散在する集落を谷筋道が通り、南岸に東谷筋道が通っていて、ともに一里塚がある。豪雪地では、降雪期と夏期とでは交通路が変わる。冬道は雪崩のおそれがなく、かつ集落が連続した道を通り、各集落が責任分担区の雪踏みをして交通を確保した。


栄村
さかえむら

[現在地名]龍野市揖保町栄(いぼちようさかえ)

門前(もんぜん)村の南西に位置し、揖西(いつさい)郡に属する。元弘四年(一三三四)正月一九日の後醍醐天皇綸旨(大徳寺文書)に浦上(うらかみ)庄内栄とみえ、当村など浦上庄内の村々が京都大徳寺領として安堵されている。慶長国絵図に村名がみえる。江戸時代の領主の変遷は北龍野村と同じ。寛永一三年(一六三六)の龍野領村々高辻帳(八瀬家文書)では池田輝政による内検地高六九九石余、高五七七石余。正保郷帳では田方五三八石余・畑方三九石余。元禄郷帳では高四八三石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「栄村」の意味・わかりやすい解説

栄〔村〕
さかえ

長野県北東端,新潟県境にある村。 1956年水内村と堺村が合体して成立。北部は千曲川と支流の志久見川,北野川沿いに,南部は中津川沿いに集落がある。全域が豪雪地にあり,特に中津川の谷にある秋山郷は冬は雪に閉ざされる。農業では米作とキノコ類の栽培,ほかに畜産と林業が行われる。南部に鳥甲山,東に苗場山がそびえる。一部は上信越高原国立公園に属する。 JR飯山線,国道 117号線,405号線が通る。面積 271.66km2(境界未定)。人口 1660(2020)。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む