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子持 こもち

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

子持
こもち

群馬県中部,渋川市北部の旧村域。子持山南斜面から利根川吾妻川合流点の平地を占める。 1960年長尾村と白郷井村が合体して子持村が発足。 2006年渋川市,伊香保町,小野上村,赤城村,北橘村と合体して渋川市となった。畑地が広く,1969年群馬用水完成後,畑地灌漑により野菜の施設栽培も取り入れられた。コンニャクは特産。黒井峯遺跡 (国の史跡) や浅田遺跡がある。

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デジタル大辞泉の解説

こ‐もち【子持(ち)】

子供、特に手のかかる幼児があること。また、その人。「三人の子持ち
子をはらんでいること。妊娠中の人。
魚類などで、卵をもっていること。また、その魚。「子持ちがれい」
大きなものに小さなものが添えられて、組になっているもの。また、そのもの。子持ち罫(けい)、子持ち縞など。
和船の帆柱の根元を差し込む受け台。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

子持
こもち

群馬県中部、北群馬郡にあった旧村名(子持村(むら))。現在は渋川(しぶかわ)市の北部中央地域を占める。旧子持村は2006年渋川市に合併。旧村域は子持山の南東斜面で軽石層に覆われ、水田よりも畑が多く、コンニャクイモ栽培と畜産、施設園芸の複合経営を行う農村。国道17号が利根(とね)川沿岸を走り、旧三国(みくに)街道は西部の北牧(きたもく)、横堀(よこぼり)地区を通ずる。中心は国道17号と353号の交差する吹屋(ふきや)。1256年(康元1)、長尾氏築城の白井(しらい)城跡は利根、吾妻(あがつま)両川の合流点段丘面にあって遺構を存しており、白井城の北方2キロメートルに七不思議で知られる雙林(そうりん)寺(曹洞宗)がある。群馬用水の幹線が通じている。子持山南麓(なんろく)にある子持神社は子育ての神として知られる。また、古墳時代の村跡とみられる黒井峯(くろいみね)遺跡は国指定史跡。[村木定雄]
『『子持村史』(1969・子持村) ▽『子持村誌』全2巻(1987・子持村)』

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