改訂新版 世界大百科事典 「宝相華文」の意味・わかりやすい解説
宝相華文 (ほうそうげもん)
中国,唐代の唐草文様のうち,あたかも花を思わせるような豊麗な形のものを一般に宝相華文様と呼んでいる。〈ほっそうげもん〉ともいう。しかしどのような形式の唐草を宝相華と名付けるかについては,はっきりと規定されてはいない。またその起源も定説はないが,実際に宝相華という花があってそれを文様化したというよりは,唐代の意匠家がパルメット唐草をその時代にふさわしく花のイメージをもって変えたものとみられる。そのイメージの中にはボタン(牡丹)やシャクヤク(芍薬),フヨウ(芙蓉)などがあったと思われる。もっとも宋代の書物は実際に宝相華という花があったことを記しているが,唐代にあったかどうかは不明である。宝相華文様ということばが唐代すでに使用されていたかどうかもわからない。いずれにせよ盛唐時代にはこうした花唐草の類が好んで描かれた。西安碑林にある大智禅師碑側の浮彫は代表的な唐代の花唐草で,花弁は幾重にも重なり先端はふくらみをもって外側へ巻きこまれている。ちょうど開花しきった花のように成熟した曲線を描いている。このような花の中には果実のようなものが包みこまれていることもあり,ブドウ(葡萄)やザクロ(石榴)のイメージがこめられていたことも考えられる。また花弁や葉の巻きこみや反転などには雲文のわきあがるさまからの影響もみられる。唐代の石碑碑側や墓詩蓋,あるいは皇帝の墳墓にも随所にこの文様がみられ,仏教美術と無関係ではないことを物語っている。唐代の文様はそのまま日本の天平時代に輸入され,正倉院宝物にも〈香印坐〉と呼ばれる台座の蓮弁の文様など,数多くこの花唐草がみられる。多くは繧繝(うんげん)彩色が施され,立体的な感じを受ける。金工品や漆芸品においては,おそらく技巧上の特質からこの文様は少し固い感じがする。西安何家村出土の唐代の金銀器の中には花唐草のモティーフを六つないし八つ輪つなぎ風にならべて蓮弁を正面から見たような形にしているものがある。花弁の間をさらに花弁で埋めて装飾面いっぱいに花唐草の輪をひろげていく。新羅の塼には8弁の華麗な文様がある。正倉院の錦や氈などの染色品にも同様の文様を繧繝に染めたものが多く残され,また漆器には銀平脱(へいだつ)によるきわめて精巧な同種の文様がみられる。
執筆者:長田 玲子
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報