狂乱物(読み)キョウランモノ

デジタル大辞泉 「狂乱物」の意味・読み・例文・類語

きょうらん‐もの〔キヤウラン‐〕【狂乱物】

狂言歌舞伎舞踊で、狂乱した人物の所作を主題にした作品。能の「三井寺」「隅田川」、狂言の「金岡」「枕物狂」、歌舞伎舞踊の「お夏狂乱」「保名やすな」など。

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精選版 日本国語大辞典 「狂乱物」の意味・読み・例文・類語

きょうらん‐ものキャウラン‥【狂乱物】

  1. 〘 名詞 〙 能、狂言や歌舞伎舞踊の中で狂乱の所作を主題にした作品。能の「三井寺」「隅田川」「蝉丸」、狂言の「金岡」「枕物狂」、歌舞伎舞踊の「二人椀久」「賤機帯(しずはたおび)」「保名」など。狂乱。

狂乱物の語誌

能、歌舞伎舞踊の狂乱は根底に面白く舞い狂うという遊狂の精神をもつ。世阿彌は「親子の別れ、子を尋、男に捨てられ、妻に後るる、か様の思ひに狂乱する物狂」〔八帖花伝書‐六〕を重視し、歌舞伎はその初期から業平狂乱の踊りなどでこれを継承して、所作事の狂乱物へと発展させ、舞踊の一大系統となった。

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改訂新版 世界大百科事典 「狂乱物」の意味・わかりやすい解説

狂乱物 (きょうらんもの)

歌舞伎舞踊系統の一つ。歌舞伎が初期以来,能の〈狂乱物〉(四番目物)を参酌・継承・発展させてきて成った一大系統。〈物狂い〉とも別称される作品群。これらの作品中,女性が主人公の場合は,恋人やわが子を失ったのが原因による狂乱が圧倒的に多い。現行作品では清元《鞍馬獅子》,常磐津《お光狂乱》,長唄《賤機帯(しずはたおび)》,清元《隅田川(すみだがわ)》,常磐津《お夏狂乱》などがある。男性の狂乱作品には,清元《保名》《幻椀久》,長唄《二人椀久》などがある。これも女性狂乱と同じく愛人を失ったところに狂乱の原因があるが,男性狂乱の作品は,かつてはそのほとんどが作為的な偽狂乱であった。さらに〈椀久物〉や〈隅田川物〉など,別に系統を成しているものもある。発狂した主人公の扮装上の共通点は,頭に紫縮緬病鉢巻をしめ,片肌を脱ぎ,笹や扇あるいは恋人の形見である小袖などを手にしている特色がある。演技面では〈カケリ〉で花道から登場し〈七三〉で必ず〈オコツキ〉があって極まること,全体に〈なんば〉を多用すること,〈間〉を外して動くこと,うつろな目遣いで急に笑ったり泣いたりすることなど,数多の特色ある表現が認められる。したがって高度な技法が要求され,その表現は容易でないとされている。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「狂乱物」の意味・わかりやすい解説

狂乱物
きょうらんもの

能および歌舞伎(かぶき)舞踊の分類上の一系統。能では四番目物の一種で、「物狂い能(ものぐるいのう)」ともいう。主人公は「物狂い」、すなわち物思いのあまり心の均衡を失った人物が一時的に興奮しておもしろく戯れ舞うもので、女物狂いとして子供を捜す母親の『百万(ひゃくまん)』『三井寺(みいでら)』『隅田川(すみだがわ)』、恋人を尋ね求める若い女の『班女(はんじょ)』『花筐(はながたみ)』、わが身の不幸による『蝉丸(せみまる)』、死霊のとりつく『卒都婆小町(そとばこまち)』など、男物狂いとして『高野物狂(こうやものぐるい)』『土車(つちぐるま)』『弱法師(よろぼし)』など、また『雲雀山(ひばりやま)』『芦刈(あしかり)』は物狂いを物売りの芸として演じている例である。

 歌舞伎舞踊では一般に真の狂乱に近く、その奔放な動きで舞踊的効果をあげるものが多い。女中心のものに『賤機帯(しずはたおび)』『鞍馬獅子(くらまじし)』『お光(みつ)狂乱』『お夏狂乱』『隅田川』など、男中心のものに『椀久(わんきゅう)』『保名(やすな)』などのほか、主役がなんらかの目的でわざと狂乱を装う『仲蔵(なかぞう)狂乱』『団十郎狂乱』などがある。扮装(ふんそう)のうえで、これらのうちの多くの役が右肩を脱ぎ笹(ささ)を手にして登場するのは能の「物狂い」の影響で、ほかに紫縮緬(ちりめん)の病鉢巻(やまいはちまき)をすることや、男の狂乱で『保名』のように長袴(ながばかま)をはいて、そのさばきに技巧を要するものの多いのも一つの特色といえる。

[松井俊諭]

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百科事典マイペディア 「狂乱物」の意味・わかりやすい解説

狂乱物【きょうらんもの】

能および歌舞伎舞踊の作品分類用語。(1)能の曲柄。〈狂い能〉とも。物狂いをシテとしたもので,笹(ささ)や小枝を持ち,右肩脱ぎの扮装(ふんそう)が特色。四番目物の主要な曲柄。《班女》《三井寺》《隅田川》《蝉丸》など女物狂いを扱った狂女物が多いが,男物狂いには《蘆刈》《弱法師(よろぼし)》などがある。(2)歌舞伎舞踊では〈物狂い〉とも別称。女性を主人公とする《隅田川》(清元節),《お夏狂乱》(常磐津節),《賤機帯(しずはたおび)》(長唄)のほか,男性を主人公とするものに《保名(やすな)》《幻椀久》(清元節)などがあり,演技・扮装等に共通する特色がある。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「狂乱物」の意味・わかりやすい解説

狂乱物
きょうらんもの

(1) 能の四番目物のうち,物狂いをシテとする種類。男物の『土車』,女物の『隅田川』『百万』など。神憑りに発する一時的な興奮状態 (物狂い) を表現し,狂い笹と呼ばれる笹を持つ。 (2) 歌舞伎舞踊の一系統。能の狂乱物を受ける。万治年間 (1658~61) の頃から多く現れている。立役系に『椀久 (わんきゅう) 』『保名 (やすな) 』『仲蔵狂乱』など,女方系に『賤機 (しずはた) 帯』『角田川』『お夏狂乱』などがある。

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世界大百科事典(旧版)内の狂乱物の言及

【四番目物】より

…現行曲は各流とも約90曲。曲種によって《高野物狂》《蘆刈》《土車》等の男物狂と《百万》《桜川》《三井寺》等の女物狂を総括して〈狂乱物〉,《船橋》《通小町》《阿漕(あこぎ)》等の〈執心物〉,《三笑(さんしよう)》《邯鄲(かんたん)》《天鼓(てんこ)》などの〈遊楽物〉,《鉢木》《盛久》《安宅》等の〈現在物〉などに分類するが,《錦木》《松虫》《梅枝(うめがえ)》等を〈執心遊楽物〉,《摂待(せつたい)》《景清》《鳥追舟》等を〈人情物〉とすることもある。またシテの役柄・使用面から《自然居士(じねんこじ)》《花月》《東岸居士(とうがんこじ)》を〈喝食物(かつしきもの)〉,働事(はたらきごと)から《葵上》《道成寺》《黒塚》(観世流では《安達原》)を〈祈り物〉と分類することもある。…

※「狂乱物」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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