歌舞伎舞踊系統の一つ。歌舞伎が初期以来,能の〈狂乱物〉(四番目物)を参酌・継承・発展させてきて成った一大系統。〈物狂い〉とも別称される作品群。これらの作品中,女性が主人公の場合は,恋人やわが子を失ったのが原因による狂乱が圧倒的に多い。現行作品では清元《鞍馬獅子》,常磐津《お光狂乱》,長唄《賤機帯(しずはたおび)》,清元《隅田川(すみだがわ)》,常磐津《お夏狂乱》などがある。男性の狂乱作品には,清元《保名》《幻椀久》,長唄《二人椀久》などがある。これも女性狂乱と同じく愛人を失ったところに狂乱の原因があるが,男性狂乱の作品は,かつてはそのほとんどが作為的な偽狂乱であった。さらに〈椀久物〉や〈隅田川物〉など,別に系統を成しているものもある。発狂した主人公の扮装上の共通点は,頭に紫縮緬の病鉢巻をしめ,片肌を脱ぎ,笹や扇あるいは恋人の形見である小袖などを手にしている特色がある。演技面では〈カケリ〉で花道から登場し〈七三〉で必ず〈オコツキ〉があって極まること,全体に〈なんば〉を多用すること,〈間〉を外して動くこと,うつろな目遣いで急に笑ったり泣いたりすることなど,数多の特色ある表現が認められる。したがって高度な技法が要求され,その表現は容易でないとされている。
執筆者:目代 清
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能および歌舞伎(かぶき)舞踊の分類上の一系統。能では四番目物の一種で、「物狂い能(ものぐるいのう)」ともいう。主人公は「物狂い」、すなわち物思いのあまり心の均衡を失った人物が一時的に興奮しておもしろく戯れ舞うもので、女物狂いとして子供を捜す母親の『百万(ひゃくまん)』『三井寺(みいでら)』『隅田川(すみだがわ)』、恋人を尋ね求める若い女の『班女(はんじょ)』『花筐(はながたみ)』、わが身の不幸による『蝉丸(せみまる)』、死霊のとりつく『卒都婆小町(そとばこまち)』など、男物狂いとして『高野物狂(こうやものぐるい)』『土車(つちぐるま)』『弱法師(よろぼし)』など、また『雲雀山(ひばりやま)』『芦刈(あしかり)』は物狂いを物売りの芸として演じている例である。
歌舞伎舞踊では一般に真の狂乱に近く、その奔放な動きで舞踊的効果をあげるものが多い。女中心のものに『賤機帯(しずはたおび)』『鞍馬獅子(くらまじし)』『お光(みつ)狂乱』『お夏狂乱』『隅田川』など、男中心のものに『椀久(わんきゅう)』『保名(やすな)』などのほか、主役がなんらかの目的でわざと狂乱を装う『仲蔵(なかぞう)狂乱』『団十郎狂乱』などがある。扮装(ふんそう)のうえで、これらのうちの多くの役が右肩を脱ぎ笹(ささ)を手にして登場するのは能の「物狂い」の影響で、ほかに紫縮緬(ちりめん)の病鉢巻(やまいはちまき)をすることや、男の狂乱で『保名』のように長袴(ながばかま)をはいて、そのさばきに技巧を要するものの多いのも一つの特色といえる。
[松井俊諭]
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…現行曲は各流とも約90曲。曲種によって《高野物狂》《蘆刈》《土車》等の男物狂と《百万》《桜川》《三井寺》等の女物狂を総括して〈狂乱物〉,《船橋》《通小町》《阿漕(あこぎ)》等の〈執心物〉,《三笑(さんしよう)》《邯鄲(かんたん)》《天鼓(てんこ)》などの〈遊楽物〉,《鉢木》《盛久》《安宅》等の〈現在物〉などに分類するが,《錦木》《松虫》《梅枝(うめがえ)》等を〈執心遊楽物〉,《摂待(せつたい)》《景清》《鳥追舟》等を〈人情物〉とすることもある。またシテの役柄・使用面から《自然居士(じねんこじ)》《花月》《東岸居士(とうがんこじ)》を〈喝食物(かつしきもの)〉,働事(はたらきごと)から《葵上》《道成寺》《黒塚》(観世流では《安達原》)を〈祈り物〉と分類することもある。…
※「狂乱物」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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