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微妙 ビミョウ

デジタル大辞泉の解説

び‐みょう〔‐メウ〕【微妙】

[名・形動]
趣深く、何ともいえない美しさや味わいがあること。また、そのさま。みみょう。
「此―な叙景の筆の力が」〈独歩武蔵野
一言では言い表せないほど細かく、複雑なさま。また、きわどくてどちらとも言い切れないさま。「気持ちが微妙に変化する」「セーフかアウトか微妙な判定」「愛国主義と国粋主義の微妙な関係」
《「微妙に」の形で》少々。やや。「微妙に歪んで見える線」「彼の話には微妙に嘘が混じっている」
《「ビミョー」と書くこともある》俗に、否定的な気分を婉曲にあらわす語。明言したくないときなどにも使う。「『テストできた?』『微妙』」
[派生]びみょうさ[名]

み‐みょう〔‐メウ〕【微妙】

[名・形動]趣深く繊細であること。また、そのさま。びみょう。
「虚空はるかに―なる音楽がきこえ始めた」〈倉田出家とその弟子

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

微妙 びみょう

?-? 鎌倉時代の舞女。
右兵衛尉為成の娘。7歳のとき父が中傷により奥州に流され,悲しみのあまり母は死ぬ。たよる親族もなく,建仁(けんにん)2年(1202)鎌倉にいき源頼家,北条政子の前で舞をまい身の上をうったえた。政子が父の消息をしらべさせたが,すでに死亡。悲嘆した微妙は栄西のもとで出家し,持蓮(じれん)と号した。

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朝日日本歴史人物事典の解説

微妙

生年:生没年不詳
鎌倉時代白拍子。建仁2(1202)年3月8日,京都から鎌倉へ下向して,源頼家の前で歌舞を行う。その際,去る建久年中(1190~99)に奥州に流され,7歳で生き別れた父右兵衛尉為成の存否を知るために自分は白拍子となり,鎌倉へ下向したのだと頼家に訴えた。頼家と母の政子は奥州に人を遣わして調べさせたが,父はすでに死亡していることが分かり,同年8月15日栄西を戒師として出家,持蓮と号した。<参考文献>小寺融吉『日本の舞踊』

(細川涼一)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

大辞林 第三版の解説

びみょう【微妙】

( 名 ・形動 ) [文] ナリ 
なんともいえない味わいや美しさがあって、おもむき深い・こと(さま)。 「 -な色彩のバランス」 「空に美しい天女が現はれ、此世では聞かれぬ程の-な音楽を奏し出した/吾輩は猫である 漱石
はっきりととらえられないほど細かく、複雑で難しい・こと(さま)。 「両国の関係は-な段階にある」 「 -な意味あいの言葉」 〔自分の意見や判断をはっきり言いたくない場合や、婉曲に断ったり否定的に言ったりする場合に用いることがある。「今の判定は-ですね」「『日曜日は来られる?』『ちょっと-ですね』」〕
[派生] -さ ( 名 )

みみょう【微妙】

( 名 ・形動 ) [文] ナリ 
〔「み」は呉音〕
何とも言えずすばらしい・こと(さま)。 「 -な音楽/春 藤村」 「 -の財を金の箱に盛り満て/今昔 1

出典 三省堂大辞林 第三版について 情報

世界大百科事典内の微妙の言及

【三婆】より

…歌舞伎の老女の大役を三つ選んで〈三婆〉と呼ぶ。《盛綱陣屋》の微妙(みみよう),《菅原伝授手習鑑》の〈道明寺〉の覚寿(かくじゆ),《廿四孝》の勘助母または《輝虎配膳》の勘助母,越路。老女の大役は,ほかにも《忠臣蔵》〈六段目〉のおかるの母や《引窓》の母などがあるが,三婆に選ばれているのはいずれも時代物で,気位が高く男まさりで,息子たちや一族の運命を決定づけるような役ばかりである。…

※「微妙」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

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