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早歌 ソウカ

百科事典マイペディアの解説

早歌【そうが】

宴曲(えんきょく)

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世界大百科事典 第2版の解説

そうが【早歌】

中世の声曲。近年は一般に〈宴曲〉ともいわれるが,うたわれた当時の文献に見える〈早歌〉が正称である。〈現爾也娑婆(げにやさば)〉〈理里有楽(りりうら)〉の別称もある。単に急調にうたう歌ではなく,のびやかに,きびきびとうたわれたことによる名称と思われる。なお神楽歌のなかの《早歌(はやうた)》や《梁塵秘抄口伝集》巻第十などに見える《早哥》とは直接のつながりはない。鎌倉時代中期に,明空(みようくう)によって大成され,室町時代中ごろまで盛行した。

はやうた【早歌】

御神楽(みかぐら)に歌う神楽歌の曲名。〈そうか〉ともいう。ユーモラスな問答風の歌詞をもつテンポの早い曲で,前張(さいばり)という民謡風の歌群の最終部に歌われる。現行の歌詞は,本歌〈や 何(いず)れそも 停(とど)まり〉―末歌〈や 彼(か)の崎越えて〉,本歌〈や 深山(みやま)の小葛(こつづら)〉―末歌〈や 繰れ繰れ小葛〉。以下早歌揚拍子―本歌〈や 鷺(さぎ)の頸(くび)取ろンど〉。以下唱和―〈や いとはた取ろンど,や 皸(あかがり)踏むな 後(しり)なる子,や 吾(われ)も目はあり 前(さき)なる子,や 谷から行(ゆ)かば 尾から行かん,や 尾から行かば 谷から行かん,や 此(これ)から行かば 彼から行かん,や 彼から行かば 此から行かん,や 女子(おみなご)の才(さえ)は,や 霜月師走(しもつきしわす)の垣壊(かきこお)り,や 翻戸(あおりど)や 檜張戸(ひばりど),や 檜張戸や 翻戸〉―本歌〈おけ〉。

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大辞林 第三版の解説

そうか【早歌】

〔「そうが」とも〕
鎌倉時代に貴族・武士・僧侶の間に流行した歌謡。特に、鎌倉武士に愛好された。詞章はかなりの長文で、物尽くしや道行き、名詞の列挙が多く、七五調を基調とする。初めは伴奏なしの扇拍子で、のちには尺八の伴奏で歌われた。音楽的には謡曲に受け継がれた。宴曲。現爾也娑婆げにやさば。理里有楽りりうら。はやうた。 「法師の無下に能なきは、檀那すさまじく思ふべしとて、-といふことを習ひけり/徒然 188

はやうた【早歌】

神楽かぐら歌の一。比較的テンポが速く、滑稽味がある。
そうか(早歌) 」に同じ。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

早歌
そうか

宴曲」のページをご覧ください。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

早歌
そうか

日本の中世歌謡。「そうが」とも。鎌倉中末期にできた長編歌謡で、早歌、現也娑婆(げにやさば)、理里有楽(りりうら)の三つの名称がある。江戸末期以降、撰集(せんしゅう)の名により宴曲ともいう。16世紀後半まで武士を中心とする階層に歌われた。『宴曲集』から『玉林苑(えん)』までの八部16冊の撰集(1319年までに成立)と『外物(そともの)』一冊の形で、173曲の詞章が日本流の楽譜付きで伝わり、『撰要(せんよう)目録巻』に三十数名の作詞・作曲者名を載せる。ほかに替え歌の異説、両曲各48首を集めた『異説秘抄口伝巻(ひしょうくでんのまき)』(1319)、『撰要両曲巻(りょうきょくのまき)』(1322)が伝わる。前者は百曲以上習得の名手に伝授された秘伝書。後者は百曲未満習得者用で、広く流行したようすがうかがわれる。以上の大半は撰者明空(みょうくう)(のち月江(げっこう)と改名)により作詞・作曲された。歌い方は、一、二句を独唱で歌い、斉唱で和する形が正式である。曲の一部を口ずさむこともあった。早歌の詞章、楽譜の解読は近年進展をみつつあり、復原も期待される。曲の内容は生活の全般にわたり、自然現象、器物、伎芸(ぎげい)、寺社などの題材によって、仏を賛嘆し、招福除災を祈るものである。成立当時の危機的社会情勢に対応してつくりだされ、能など後世の芸能、文芸に大きな影響を与えた。[外村南都子]

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世界大百科事典内の早歌の言及

【早歌】より

…現行の歌詞は,本歌〈や 何(いず)れそも 停(とど)まり〉―末歌〈や 彼(か)の崎越えて〉,本歌〈や 深山(みやま)の小葛(こつづら)〉―末歌〈や 繰れ繰れ小葛〉。以下早歌揚拍子―本歌〈や 鷺(さぎ)の頸(くび)取ろンど〉。以下唱和―〈や いとはた取ろンど,や 皸(あかがり)踏むな 後(しり)なる子,や 吾(われ)も目はあり 前(さき)なる子,や 谷から行(ゆ)かば 尾から行かん,や 尾から行かば 谷から行かん,や 此(これ)から行かば 彼から行かん,や 彼から行かば 此から行かん,や 女子(おみなご)の才(さえ)は,や 霜月師走(しもつきしわす)の垣壊(かきこお)り,や 翻戸(あおりど)や 檜張戸(ひばりど),や 檜張戸や 翻戸〉―本歌〈おけ〉。…

【宴曲集】より

…中世の歌謡集。早歌(そうが)の最初の撰集。1296年(永仁4)以前に成立。…

【日本音楽】より


[第4期]
 民族音楽興隆時代(13~16世紀) 鎌倉時代の実権を握った武士の間では,平家琵琶(平曲)という琵琶の伴奏で《平家物語》という長編の叙事詩を語る音楽が流行した。この時代に新しく始まった歌謡に早歌(そうが)がある。僧徒や武家の上層階級がたしなんだもので,後の能の謡(うたい)に大きな影響を与えた。…

【水】より

…《綾小路俊量卿記(あやのこうじとしかずきようのき)》(永正11年(1514)奥書)に,〈水猿曲(みずのえんきよく) 或号水白拍子(みずのしらびようし)〉の題で曲譜が所収される。他本にはない唯一の曲で,今様(いまよう)から早歌(そうが)への過渡的声曲と思われる。上記の書は,1383年(永徳3)と1430年(永享2)の五節(ごせち)の式例を記すものだが,《梁塵秘抄口伝集》巻十四の仁安1年(1166)11月の六条天皇即位の記事の個所に,〈乱舞して水白拍子唱てかへりぬ〉とあることから,すでに院政期にも歌われていたことがわかる。…

※「早歌」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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