①については一説に「雑歌(ぞうか)」と同じとも、また、本と末をすばやく応答していく歌ともいわれる。
中世の声曲。近年は一般に〈宴曲〉ともいわれるが,うたわれた当時の文献に見える〈早歌〉が正称である。〈現爾也娑婆(げにやさば)〉〈理里有楽(りりうら)〉の別称もある。単に急調にうたう歌ではなく,のびやかに,きびきびとうたわれたことによる名称と思われる。なお神楽歌のなかの《早歌(はやうた)》や《梁塵秘抄口伝集》巻第十などに見える《早哥》とは直接のつながりはない。鎌倉時代中期に,明空(みようくう)によって大成され,室町時代中ごろまで盛行した。儀式,祝宴,興宴用のもので,寺社の法楽としても奏された。演奏記録の初見は,1322年(元亨2)4月6日,花園院が藤原兼高卿にうたわせたとする《花園天皇宸記》に見え,その後約200年間にわたって,専門の早歌うたいの人々によって伝承された。公家,猿楽者,僧侶の中にも余興としてたしなむ者もあった。しかし16世紀以降急速に衰え,やがてまったく絶えた。1504年(永正1)3月13日,三条西実隆邸で,連歌師玄清らがうたったとする《実隆公記》の記録が最後かと思われる。
早歌は,161曲が,《宴曲集》巻一など16巻に撰集の形で収録されている。収録は正安3年(1301)から文保3年(1319)の間に成された。各巻の所収曲名とそれらの作詞作曲者名などを記した《撰要目録》と,16巻を合わせて《宴曲十七(じゆうなな)帖》とも言われる。このほかに名曲を抜粋した《郢曲(えいきよく)抜萃》《宴曲十二集》,替歌を収めた《撰要両曲巻》《異説秘抄口伝巻》,番外曲12曲を収めた《外物(そともの)》の巻がある。早歌の作詞作曲の大半は,各巻の撰者である明空,月江(げつこう)によって成された。このほかの作者には,藤三品(とうさんぼん)(藤原広範か),漸空上人,洞院相国(とういんしようこく)(洞院公守),冷泉武衛(冷泉為相),高階基清(たかしなもときよ),菅原頼範(よりのり),藤原親光(ちかみつ)など37名が挙げられる。また歌の伝承者には,明円(比企助員(ひきすけかず)か),道阿(二宮小次郎源信貞),坂阿(ばんな)(坂口平三盛勝),口阿(平盛幸),宗友(そうゆう)(藤原盛通),高橋次郎左衛門尉富職(とみつね),飯尾善左衛門為久,飯尾善右衛門,田嶋清阿,実阿(じつあ)などがあった。これらの人々は,幕府に近侍する御家人やその一族であったり,あるいは京都から関東に下ってきた公家やその子孫であったと考えられる。早歌の譜本は200冊余り伝存するが,そのうち,応永2年(1395)の奥書をもつ坂阿自筆本など,演唱者が実用した視唱本や相伝本が30冊前後知られる。
早歌の歌詞は,四季(《春》《春野遊(はるのやゆう)》《夏》など),恋(《吹風恋(ふくかぜのこい)》《遅々春恋(ちちたるはるのこい)》《恋路(こいじ)》など),祝言もの(《祝言》《嘉辰令月》など),道行もの(《海道》《熊野参詣》《善光寺修行》など),道徳もの(《筆徳(ふでのとく)》《文字誉(もじのほまれ)》など),宗教もの(《対揚》《法華》《浄土宗》など)など,その題材は多岐にわたる。文体は,華美な修辞を用いて,叙事的,叙景的な長文である。平曲や謡のように戯曲的なストーリーや会話体は使われていない。〈霞たなびく雲井より 春立ちけりな天の戸の 明くる景色ものどかにて 鶯さそう春風〉のごとく,七五調の韻文を,短い曲で十数句,長い曲で百数十句連ねたもので,なかには朗詠風な漢文や,ナリ調の散文の混じった曲もある。七五調一句を一節として,リズミカルに,また一曲全体を通じて,歌詞の内容が通じにくくならない程度にフシをつけて旋律的に歌われた。曲は調声人(ちようしようにん)の独唱で始まり,助音がそれに加わる。多人数で斉唱する形式である。調声人は扇で膝をたたいて拍子をとりながらうたった。ときに,尺八や笙で音(ね)取ったとも考えられるが,楽器の伴奏に依存せず,声のみによってたっぷりとうたう効果を意図した声曲であったと思われる。
音楽的には先行する雅楽系歌曲の催馬楽(さいばら)や,仏教音楽の講式などの影響を受けつつ,語り物音楽としての独自の領域を築き,後行する能の謡へ受け継がれた要素が多数指摘できる。
なお世阿弥自筆能本の《江口》の〈秋の水みなぎり落ちて去る舟の,月も影さす棹(さお)の歌〉の個所に〈サウカフシ〉の注記が見え,また《閑吟集》には,早歌の曲中の一部を抜き出した歌が8首所収されている。
執筆者:蒲生 美津子
御神楽(みかぐら)に歌う神楽歌の曲名。〈そうか〉ともいう。ユーモラスな問答風の歌詞をもつテンポの早い曲で,前張(さいばり)という民謡風の歌群の最終部に歌われる。現行の歌詞は,本歌〈や 何(いず)れそも 停(とど)まり〉-末歌〈や 彼(か)の崎越えて〉,本歌〈や 深山(みやま)の小葛(こつづら)〉-末歌〈や 繰れ繰れ小葛〉。以下早歌揚拍子-本歌〈や 鷺(さぎ)の頸(くび)取ろンど〉。以下唱和-〈や いとはた取ろンど,や 皸(あかがり)踏むな 後(しり)なる子,や 吾(われ)も目はあり 前(さき)なる子,や 谷から行(ゆ)かば 尾から行かん,や 尾から行かば 谷から行かん,や 此(これ)から行かば 彼から行かん,や 彼から行かば 此から行かん,や 女子(おみなご)の才(さえ)は,や 霜月師走(しもつきしわす)の垣壊(かきこお)り,や 翻戸(あおりど)や 檜張戸(ひばりど),や 檜張戸や 翻戸〉-本歌〈おけ〉。
執筆者:石田 百合子
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
日本の中世歌謡。「そうが」とも。鎌倉中末期にできた長編歌謡で、早歌、現也娑婆(げにやさば)、理里有楽(りりうら)の三つの名称がある。江戸末期以降、撰集(せんしゅう)の名により宴曲ともいう。16世紀後半まで武士を中心とする階層に歌われた。『宴曲集』から『玉林苑(えん)』までの八部16冊の撰集(1319年までに成立)と『外物(そともの)』一冊の形で、173曲の詞章が日本流の楽譜付きで伝わり、『撰要(せんよう)目録巻』に三十数名の作詞・作曲者名を載せる。ほかに替え歌の異説、両曲各48首を集めた『異説秘抄口伝巻(ひしょうくでんのまき)』(1319)、『撰要両曲巻(りょうきょくのまき)』(1322)が伝わる。前者は百曲以上習得の名手に伝授された秘伝書。後者は百曲未満習得者用で、広く流行したようすがうかがわれる。以上の大半は撰者明空(みょうくう)(のち月江(げっこう)と改名)により作詞・作曲された。歌い方は、一、二句を独唱で歌い、斉唱で和する形が正式である。曲の一部を口ずさむこともあった。早歌の詞章、楽譜の解読は近年進展をみつつあり、復原も期待される。曲の内容は生活の全般にわたり、自然現象、器物、伎芸(ぎげい)、寺社などの題材によって、仏を賛嘆し、招福除災を祈るものである。成立当時の危機的社会情勢に対応してつくりだされ、能など後世の芸能、文芸に大きな影響を与えた。
[外村南都子]
宴曲とも。中世歌謡の一つ。南北朝期~室町中期に盛行。七五調を基調とする歌詞を連ねた中・長編の歌謡。詞章の内容は道行歌・教訓歌・仏教歌・物尽し・四季を詠んだものが多い。明空(みょうぐう)らの編集した「宴曲集」など18集に173曲を収める。和讃(わさん)や催馬楽(さいばら)に似た斉唱形式の声曲で,一定の拍律にのせてうたい進める楽曲形態や詞章にゴマ点を付す楽譜の形態などには,最初期の能の謡(うたい)と共通点がみられる。武士・公家・僧侶など知識層の人々が,教養の一つとして宴席や寺院の延年,管弦講などの場で演唱。しかし確固たる伝承組織や強力な享受者・庇護者を欠き,戦国期からは衰退した。
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…現行の歌詞は,本歌〈や 何(いず)れそも 停(とど)まり〉―末歌〈や 彼(か)の崎越えて〉,本歌〈や 深山(みやま)の小葛(こつづら)〉―末歌〈や 繰れ繰れ小葛〉。以下早歌揚拍子―本歌〈や 鷺(さぎ)の頸(くび)取ろンど〉。以下唱和―〈や いとはた取ろンど,や 皸(あかがり)踏むな 後(しり)なる子,や 吾(われ)も目はあり 前(さき)なる子,や 谷から行(ゆ)かば 尾から行かん,や 尾から行かば 谷から行かん,や 此(これ)から行かば 彼から行かん,や 彼から行かば 此から行かん,や 女子(おみなご)の才(さえ)は,や 霜月師走(しもつきしわす)の垣壊(かきこお)り,や 翻戸(あおりど)や 檜張戸(ひばりど),や 檜張戸や 翻戸〉―本歌〈おけ〉。…
…中世の歌謡集。早歌(そうが)の最初の撰集。1296年(永仁4)以前に成立。…
…
[第4期]
民族音楽興隆時代(13~16世紀) 鎌倉時代の実権を握った武士の間では,平家琵琶(平曲)という琵琶の伴奏で《平家物語》という長編の叙事詩を語る音楽が流行した。この時代に新しく始まった歌謡に早歌(そうが)がある。僧徒や武家の上層階級がたしなんだもので,後の能の謡(うたい)に大きな影響を与えた。…
…《綾小路俊量卿記(あやのこうじとしかずきようのき)》(永正11年(1514)奥書)に,〈水猿曲(みずのえんきよく) 或号水白拍子(みずのしらびようし)〉の題で曲譜が所収される。他本にはない唯一の曲で,今様(いまよう)から早歌(そうが)への過渡的声曲と思われる。上記の書は,1383年(永徳3)と1430年(永享2)の五節(ごせち)の式例を記すものだが,《梁塵秘抄口伝集》巻十四の仁安1年(1166)11月の六条天皇即位の記事の個所に,〈乱舞して水白拍子唱てかへりぬ〉とあることから,すでに院政期にも歌われていたことがわかる。…
※「早歌」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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