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催馬楽 さいばら

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

催馬楽
さいばら

日本の雅楽の種目の一つ。平安時代に貴族の間で盛んに歌われた声楽曲。アジア大陸から伝来した唐楽,高麗楽 (こまがく) 風の旋律に日本の民謡や童謡の歌詞をあてはめたものが多い。発生の時期は平安時代初期にさかのぼるが,平安時代中期以後,特に源雅信の活躍した 900年代から鎌倉時代初期にかけて盛行した。歌い方には藤家 (とうけ) と源家 (げんけ) の2つの流儀があり,その曲目も数十曲に及んだ。歌の内容は恋愛歌,祝儀歌などさまざまで,饗宴の性格により歌われる歌が決っていて,のちには一種の故実として固定化した。室町時代に途絶した。その後寛永3 (1626) 年に『伊勢海 (いせのうみ) 』が再興されて以来,今日では 10曲が伝承され,宮内庁楽部の楽師によって管弦の演奏会のときに歌われる。曲は歌のリーダー (句頭) が曲の冒頭部分を独唱し,次に全員の拍節的な斉唱となる。伴奏楽器は現行は竜笛 (りゅうてき) ,篳篥 (ひちりき) ,笙,琵琶,箏,笏拍子を用いる。現行の 10曲の催馬楽は双調 (そうぢょう。ト音) を主音とする呂 (りょ) の歌『安名尊 (あなとう) 』『山城』『席田 (むしろだ) 』『蓑山』『田中井戸』『美作 (みまさか) 』などと,平調 (ひょうぢょう。ホ音) を主音とする律の歌『伊勢海』『更衣 (ころもがえ) 』『大芹 (おおせり) 』『西寺』に2分類される。

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デジタル大辞泉の解説

さいばら【催馬楽】

平安初期ごろに成立した歌謡の一。上代の民謡などを外来の唐楽の曲調にのせたもので、笏拍子(しゃくびょうし)笙(しょう)篳篥(ひちりき)竜笛(りゅうてき)琵琶箏(そう)を伴奏とする。歌詞は25首、呂(りょ)36首が残るが、曲は室町時代に廃絶、現在10曲ほど復興。

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百科事典マイペディアの解説

催馬楽【さいばら】

雅楽の曲種名。平安時代におこり,御遊の時に演奏された歌曲。当時の民謡などをもとにして雅楽風な旋律にのせ,雅楽楽器の伴奏をつけたもの。しかし,15世紀ころにはほとんど廃絶した。
→関連項目郢曲大歌句頭笏拍子鳥羽天皇松平頼則朗詠

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世界大百科事典 第2版の解説

さいばら【催馬楽】

雅楽歌謡(うたいもの)の一つ。民謡に取材し,管楽器弦楽器および笏拍子(しやくびようし)の伴奏でうたわれる。冒頭部を除き,曲全体は拍節的なリズムをもち,おなじ雅楽歌謡の朗詠に比べると躍動感のある曲趣を感じさせる。歌詞の中に種々の軽妙なはやしことばを伴うのも,特色の一つである。
[語源および沿革]
 催馬楽の語源については諸説あり,一定しない。外国語に基づくとする説,雅楽関係のほかの曲名がなまったとする説,馬子歌に起因するという説などがある。

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大辞林 第三版の解説

さいばら【催馬楽】

古代歌謡の一。平安時代、民謡を雅楽風に編曲したもの。笏拍子しやくびようし・和琴わごん・笛・篳篥ひちりき・笙しよう・箏そう・琵琶びわなどで伴奏した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

催馬楽
さいばら

平安時代の歌謡。もと風俗歌であった歌謡を、外来音楽である唐楽(とうがく)風に編曲して歌ったもの。おもに宮廷貴族の祝宴、遊宴の場で、大和笛(やまとぶえ)、和琴(わごん)、琵琶(びわ)などの伴奏で、笏拍子(しゃくびょうし)を打ちながら歌われた。旋律の違いで、律(りつ)・呂(りょ)の二つに分類される。文献上の初見例は、『三代実録』貞観(じょうがん)元年(859)10月23日のくだりに、薨去(こうきょ)された尚侍広井(ないしのかみひろい)女王が催馬楽歌をよくされたとあるものであるが、その20~30年前の仁明(にんみょう)天皇のころが催馬楽流行の一頂点であったらしい。『源氏物語』の巻名にも「梅枝(うめがえ)」「総角(あげまき)」「東屋(あずまや)」などの催馬楽の曲名がみえている。催馬楽の名義については、諸国から貢物を大蔵省に納める際、貢物を負わせた馬を駆り催すために口ずさんだ歌であったからとする説、神楽(かぐら)歌の前張(さいばり)の拍子で歌ったからとする説、唐楽の『催馬楽(さいばらく)』の曲調で歌ったからとする説、譜本の律旋冒頭にある『我が駒(こま)』の歌詞「いで我が駒早く行きこそ」によったとする説など諸説あるが、確かなところは不明である。
 内容は多様だが、民衆の生活感情、とくに男女の恋愛を歌ったものが多い。一方で、大嘗祭(おおにえのまつり)の風俗歌、新年の賀歌などもみいだされる。その内容からみて、奈良時代の末から平安時代の初めにかけて発達、完成したものらしい。歌謡の形式は多く不整形だが、『あな尊と』『梅が枝』など短歌形式に還元されるものも少なくない。平安中期に源家(げんけ)、藤(とう)家の2流が生じて催馬楽を伝え、律旋は『我が駒』『沢田川』など25首、呂旋は『あな尊と』『新しき年』など36首、計61首が残されている(ほかに『簾中抄(れんちゅうしょう)』には、律旋2曲、呂旋4曲の名をあげている)。
 催馬楽は宮廷芸能として長く続いたが、室町時代にはほとんど廃絶した。しかし、1626年(寛永3)後水尾(ごみずのお)天皇の勅令により『伊勢海(いせのうみ)』が再興されたのを最初に順次再興され、1876年(明治9)宮内庁楽部の選定曲として『安名尊(あなとうと)』『山城(やましろ)』『席田(むしろだ)』『蓑山(みのやま)』『伊勢海』『更衣(ころもがえ)』の6曲が、さらに1931年(昭和6)には『美作(みまさか)』『田中井戸(たなかのいど)』『大芹(おおせり)』『老鼠(おいねずみ)』の4曲が再興されて加えられた。現行曲は宮内庁の雅楽公演などで、管絃(かんげん)の唐楽演奏の合間に演奏されることがある。[多田一臣]
『土橋寛・小西甚一校注『日本古典文学大系3 古代歌謡集』(1957・岩波書店) ▽山井基清著『催馬楽訳譜』(1966・岩波書店)』

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世界大百科事典内の催馬楽の言及

【雅楽】より

…上演の日時に規定があり,一部の遊宴,娯楽的なものを除き,原則として公開されないことも祭式芸能の特徴である。(3)の平安時代の新声楽には〈催馬楽(さいばら)〉と〈朗詠〉とがあり,前者は民間歌謡を起源とする歌詞を唐楽・高麗楽的な節まわしで歌い,後者は漢詩を吟詠するもので,ともに主として唐楽系の楽器を用いる。
【楽器】
 管楽器,弦楽器,打楽器の3種は,それぞれ奏法によって,〈吹きもの〉〈弾きもの〉〈打ちもの〉とよばれる(表1)。…

【日本音楽】より

…このために9世紀半ば,仁明天皇のころから約半世紀にわたって,いわゆる楽制改革が行われた。この運動の一環として,外国音楽の様式に日本の歌詞をはめこんだ催馬楽(さいばら),さらにそれが日本的になった朗詠の2種の新声楽が生まれた。また,宮中の祭祀楽も御神楽(みかぐら)として,その形態が整えられ,雅楽の中に含まれるようになった。…

【ユリ】より

…ユリはまた,一つの分野の中でも,何通りもの唱法,奏法に細分されたり,ほかの技法と結合したりするので,旋律そのものと,それらの名称との相関関係は,いっそう複雑になる。 雅楽では,ユリの語をあまり多用しないが,管楽器に由(ゆる)があり催馬楽(さいばら)に容由(ようゆ∥ようゆう)がある。この容由は,入節(いりぶし)との区別がややあいまいである。…

※「催馬楽」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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