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月僊 げっせん

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

月僊
げっせん

[生]享保6(1721).名古屋
[没]文化6(1809).1.12. 伊勢山田
江戸時代後期の画僧。姓は丹家,名は玄瑞,字は玉成。江戸へ出て増上寺に入り月僊の号を与えられる。絵は雪舟や中国,元,明の画風を学び,さらに円山応挙与謝蕪村に私淑。画料をむさぼったため乞食月僊と呼称されたが,晩年その財を投じ伊勢山田の寂照寺を再興。

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デジタル大辞泉の解説

げっせん【月僊】

[1741~1809]江戸中期の画僧。尾張の人。名は玄瑞。京都知恩院に住み、円山応挙与謝蕪村の影響を受け、山水・人物画にすぐれた。晩年、私財を投じて伊勢山田に寂照寺を再興。

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百科事典マイペディアの解説

月僊【げっせん】

江戸後期の画僧。尾張の人。名は玄瑞,字は玉成。江戸増上寺で月僊の号を与えられた。のち京都知恩院に入り,円山応挙蕪村に学び,各流派を総合して新機軸を開く。山水画が多い。
→関連項目亜欧堂田善

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

月僊 げっせん

1741-1809 江戸時代中期-後期の画僧。
元文6年1月1日生まれ。浄土宗桜井雪館,円山応挙にまなび,元明(げんみん)画,与謝蕪村(よさ-ぶそん)の影響もうける。安永3年伊勢(いせ)(三重県)寂照寺の住職となり,社会事業につくした。文化6年1月12日死去。69歳。尾張(おわり)(愛知県)出身。俗姓は丹家。法名は玄瑞。字(あざな)は玉成。別号に浄蓮社詳(祥)誉,寂照主人など。著作に「列仙図賛」など。

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朝日日本歴史人物事典の解説

月僊

没年:文化6.1.12(1809.2.25)
生年:寛保1(1741)
江戸中・後期の画僧。名は玄瑞,字は玉成,別号は寂照主人,本祥寿など。尾張(愛知県)名古屋の味噌商に生まれたが,10歳で得度。のちに江戸に出て,増上寺の学寮に住み,桜井雪館に画を学んだ。のちに京都に上り,円山応挙につき,また与謝蕪村の影響を受け,両者の画調を融合して個性的な様式を確立した。安永3(1774)年伊勢山田の寂照寺の住職となる。画名が上がるとともに,画料も高く「乞食月僊」と呼ばれることもあったが,のちにその蓄財は寂照寺の再建と窮民救済の資金となったという。『列仙図賛』の著書がある。代表作に愛知県岡崎市・昌光律寺の襖絵がある。69歳で没し,寂照寺に葬られた。<参考文献>浜口良光『月僊―その伝記と作品』,『新編岡崎市史』

(河野元昭)

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世界大百科事典 第2版の解説

げっせん【月僊】

1741‐1809(寛保1‐文化6)
江戸後期の画僧。名は玄瑞,字は祥誉。月僊は号。俗称は丹家氏。尾張名古屋の醸造を業とする町家に生まれる(生年には1721年説もある)。少年のころ江戸に遊び,増上寺に入り,雪館に絵の手ほどきを受け,のち中国元・明の絵をも学ぶ。明和(1764‐72)のころ,京都に移り蕪村の影響を受けつつ自らの画風を確立。円山応挙に学んだとの説もある。1774年(安永3)伊勢の浄土宗寂照寺住職となる。画料1500金を官に納め,その利子でながく貧民を救ったが,これは後世まで〈月僊金〉と称された。

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大辞林 第三版の解説

げっせん【月僊】

1721~1809) 江戸中・後期の画僧。名は玄瑞。字あざなは玉成など。尾張の人。円山応挙などに師事。晩年、伊勢山田の寂照寺を再興し住職となる。また、道路や橋を普請して済民に尽くした。作「群盲渡河図巻」、著「列仙図賛」など。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

月僊
げっせん
(1721―1809)

江戸後期の画僧。俗姓は丹家氏。尾張(おわり)名古屋に生まれる。名は玄瑞、字(あざな)は玉成、号は月僊。別号に寂照主人、本祥寿がある。10歳のとき出家。江戸へ出て増上寺に入り、桜井雪館のもとで絵を学び、大僧正妙誉より月僊の号を与えられた。のち上洛(じょうらく)して、知恩院大僧正擅誉に厚く遇された。円山応挙(まるやまおうきょ)の門に入り、また雪舟の筆意や元(げん)・明(みん)の画風を学ぶ一方、与謝蕪村(よさぶそん)に私淑して、さまざまな流派を取り込んだ鋭い筆法の作風で一家をなした。初め画料をむさぼるために、世人より「乞食(こじき)月僊」と称されたが、晩年にはその画料を資として、伊勢(いせ)山田の寂照寺を再興したほか、貧民の救済などの社会事業に大いに努力した。独特の山水、人物、花鳥、また俳画を描いているが、とくに山水に長じ、多くの作品を残している。『列仙図賛』『月僊画譜』などの著作がある。[玉蟲玲子]

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