歌学用語。古歌の1句または2句を自作にとり入れ,表現効果の重層化を意図する修辞法。そのとられた古歌を本歌という。長い歴史のうちで自然に成長してきた技巧で,たとえば《古今和歌集》巻二の紀貫之の歌〈三輪山をしかも隠すか春霞人に知られぬ花や咲くらむ〉は,《万葉集》巻一の額田王の歌〈三輪山をしかも隠すか雲だにも心あらなもかくさふべしや〉を本歌にしている。この例あたりを早いものとして,少しずつ例が増加する。しかし,このころはまだ修辞的な技巧としては意識されていない。意識的な技巧として推進したのは藤原俊成で,《新古今和歌集》は本歌取りの全盛時代に成立している。それまでは〈盗古歌〉と考えて,本歌取りを避ける主張もあった(藤原清輔《奥儀抄》)。《新古今集》巻一の藤原定家の歌〈梅の花匂ひをうつす袖の上に軒洩る月のかげぞあらそふ〉は《古今集》巻十五,在原業平の〈月やあらぬ春やむかしの春ならぬわが身ひとつはもとの身にして〉を本歌とする。本歌取りのありようについて藤原定家は《毎月抄》に〈本歌とり侍るやうは,……花の歌をやがて花によみ,月の歌をやがて月にてよむ事は達者のわざなるべし。春の歌をば,秋,冬などによみかへ,恋の歌などをば雑や季の歌などにて,しかもその歌をとれるよと,きこゆるやうによみなすべきにて候。本歌の詞をあまりにおほくとる事はあるまじき事にて候〉と言う。本歌取りの心得である。《八雲御抄》では〈古歌をとる事〉の項を立て,〈此中に二つのやうあり。一には詞をとりて心をかへ,一には心ながらとりて物をかへたるもあり。詞をとりて風情をかへたるはよし。風情をとることは最も見苦し。……わざとめかしく耳にたちて,これをとりたるばかりを詮にて,わが心も詞もなき,返す返す此道の魔なり。最もこのむべからず。……歌をとらむにはなほ古き歌をとるべきなり〉と言う。すなわち,本歌取りを単なる技巧として考えることはできず,長い歴史に鍛えられた正統の言葉への信頼と尊重という文学史の基本的事象として理解すべきであろう。
執筆者:奥村 恒哉
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…また,特にたとえば恋の高潮点に達した場合などには,意識的に五七調,六七調のごときリズミカルな文体に整えられる。またいわゆる〈本歌取り〉の技法が頻用されて,一つの場面効果を周知の古歌の持つイメージと二重写しにして拡大しようとすることも多い。自然描写にも,個々の事物を即物的,具体的に客観描写することはなく,草木,山野,風雨,日月,音響などすべてが一体化して醸し出す気分が包摂的にとらえられる。…
…古典和歌の史的変遷を映しだすとともに,その必然の帰結として当時の新風を誇示する気迫が示されている。〈幽玄〉体と称された新風は,俊成・定家父子の創造,ことに定家の独創に影響され,技法としては本歌取りの極限的な活用が志向された。古典和歌の1首または2首を本歌として取り,その再構成をはかる。…
※「本歌取り」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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