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本補地頭 ほんぽじとう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

本補地頭
ほんぽじとう

鎌倉幕府成立後,従来支配していた私領を安堵されて地頭職に補任された地頭の称。新恩として新補率法を適用された新補地頭と異なり,得分 (とくぶん) ,所務は先例に従った。地頭職が没収され,まったく新しく設定された地頭職を恩賞として与えられた新補地頭には,承久の乱 (1221) 後の措置として補任されたものが多く,一般に承久の乱を中心にそれ以前の地頭を本補地頭,それ以後に補任された地頭を新補地頭と区別しているが,厳密には乱後に補任された地頭でも,新補率法が適用されない地頭は本補地頭の分類に入った。

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百科事典マイペディアの解説

本補地頭【ほんぽじとう】

鎌倉幕府により前代からの所領や諸権利を地頭職の内容として安堵(あんど)された地頭。承久(じょうきゅう)の乱後,全国的に設置された新補(しんぽ)地頭と区別するため,それ以前の地頭を本補地頭と呼んだ。

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大辞林 第三版の解説

ほんぽじとう【本補地頭】

新補地頭に対し、それ以前に先祖代々の所領を鎌倉幕府により地頭職という形で安堵された御家人。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

本補地頭
ほんぽじとう

鎌倉幕府の下で前代からの所職(しょしき)・得分(とくぶん)を安堵(あんど)された地頭のこと。通常、承久(じょうきゅう)の乱(1221)ののちに新設された新補(しんぽ)地頭に対して、幕府草創期から1221年(承久3)6月までに補任(ぶにん)されたものをいう。この種の地頭は、その成立の由来によって所職・得分内容などが一律でなく、伝来のそれが尊重されたが、一般には新補地頭に対して、開発領主(かいほつりょうしゅ)として下地(したじ)全般に対する支配権をもつものが多く、鎌倉時代のもっとも強力な在地の領主を代表する存在とみなされる。[義江彰夫]

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世界大百科事典内の本補地頭の言及

【地頭】より

…これには平家没官領や承久の乱における3000余ヵ所の没収地,そのほか畠山,和田,三浦,安達など族滅された諸氏の所領,さらには一般犯罪人跡などが対象とされた。(3)については,承久の乱後に制定された率法に基づく得分を内容とする新補地頭(新補率法地頭)とそれ以外の本補地頭ということになる。ただしかかる本補・新補の区別は時代が下るにつれ混乱し,鎌倉末期の《沙汰未練書》などには〈承久兵乱の時,没収の地をもって宛給所領等の事なり〉とあり,承久の乱後に設置された地頭をすべて新補地頭とする観念が一般化する。…

【新補地頭】より

…これによれば新補地頭とは承久の乱後の恩賞として補任された地頭すべての呼称とされ,新補地頭の概念が拡大されていることがわかる。この場合,承久の乱前に補任された地頭のことは本補地頭と呼んで新補地頭と区別した。【関 幸彦】。…

※「本補地頭」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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