江戸初期の儒者。名は昌三。字(あざな)は遐年(かねん)。尺五は号である。松永家は駿河(するが)(静岡県)の出身。貞徳(ていとく)の子として京都に生まれる。貞徳は近世初頭の代表的文化人で、貞門俳諧(はいかい)の祖。藤原惺窩(ふじわらせいか)とは再従兄弟(またいとこ)の間柄。松永久秀の曽孫(そうそん)とするのは誤伝である。幼少から惺窩に師事して儒学を修め、長じて惺窩門の四哲の一人となる。程朱学を奉じたが、惺窩に似て他説に寛容で、仏教、道教をも排斥しなかった。終生仕官せず、京都に講習堂、尺五堂を開いて、市井の学者・教育者として、惺窩なき後の京学を振興した。林羅山(はやしらざん)が程朱学のみを是(ぜ)として官学の祖となったのと対照的である。門下生に木下順庵(きのしたじゅんあん)、安東省庵(あんどうせいあん)、宇都宮遯庵(うつのみやとんあん)らの逸材がある。
[玉懸博之 2016年7月19日]
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1592~1657.6.2
江戸前期の儒学者。名は昌三,字は遐年,通称昌三郎。尺五は号。貞徳の子。京都生れ。藤原惺窩(せいか)に学ぶ。学問は該博で儒・仏・道の三教に通じ,詩文もよくした。西洞院二条南の春秋館,堀川二条南の講習堂,堺町御門前の尺五堂を創設し,経学・歴史・兵書などを講じた。門弟は5000人を超え,木下順庵・貝原益軒らの逸材を輩出した。著書は「尺五先生全集」「五経私考」「釈奠儀例」など多数。
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…【玉村 竹二】
【近世】
近世初期,漢詩文を制作するうえで必要とされる漢語その他中国文化万般にわたる知識をもっとも豊富に有していたのは儒者であったから,近世における漢詩文の歴史は,儒者の余技という形で出発した。すなわち近世最初の儒者である林羅山,松永尺五(せきご),堀杏庵,那波活所(なわかつしよ)などが,同時に近世最初の漢詩人でもあった。したがってその文学活動は,彼らの奉じた朱子学の文学観の影響を強く受け,知識人の重んずべきは儒学であって,詩文は第二義の営みにすぎないという消極的な位置づけと,詩文は道徳に資するものでなければならないという道学主義との拘束のもとにあった。…
※「松永尺五」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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