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根本寺 コンポンジ

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デジタル大辞泉の解説

こんぽん‐じ【根本寺】

新潟県佐渡市にある日蓮宗の寺。山号は塚原山。天文21年(1552)、日蓮が「開目鈔」を著した三昧堂の旧跡に日成が開創。

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世界大百科事典 第2版の解説

こんぽんじ【根本寺】

新潟県佐渡郡新穂村にあり,塚原山と号する。日蓮が佐渡流刑のおりはじめに在住した塚原の旧跡に創建した寺と伝える。この塚原の場を現在地のほか,仙道・目黒町(ともに同郡畑野町)とする説もある。16世紀半ば,京都妙覚寺系の日成が日蓮流刑の旧跡の興隆を願って祖師(日蓮)堂を開創し,1590年(天正18)ころ妙覚寺日典が寺の基礎を確立したという。そのころは正教寺と称し,妙覚寺管理下にあったが,根本寺の号のあらわれる17世紀初頭に,妙覚寺から独立する動きがおこり,両寺の間に本末論争が生じたが,1671年(寛文11)にいたり,本寺の一つとして認められ,かつ身延久遠寺池上本門寺中山法華経寺の三寺三年輪番による支配が行われることになった。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

根本寺
こんぽんじ

新潟県佐渡(さど)市新穂(にいぼ)大野にある日蓮(にちれん)宗四十四箇(しじゅうしか)寺院の一つ。山号は塚原(つかはら)山。1271年(文永8)日蓮は佐渡に配流となり、同年11月に雪中を塚原の三昧堂(さんまいどう)に入った。以後、翌年4月までこの三昧堂で阿仏房(あぶつぼう)夫妻の援助を得て飢餓と戦いつつ、法華経(ほけきょう)行者の自覚を深め、諸宗を論破し(塚原問答)、『開目抄(かいもくしょう)』を著した。1552年(天文21)大泉坊日成(にっせい)が、その配所塚原に根本寺を開創、のち江戸初期には正教寺ともよばれた(『佐渡志』)が、塚原の場所については異説がある。寺域一帯はうっそうたる老樹に囲まれ、山門の左かたわらに三昧堂址(し)が標示されている。[里道徳雄]

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世界大百科事典内の根本寺の言及

【佐渡島】より

…以来,承久の乱の順徳上皇をはじめ,日蓮,京極為兼,日野資朝,世阿弥など多くの人々が流されて,島の生活・文化にさまざまな影響を及ぼした。国中平野南縁に佐渡国分寺跡(史),国府跡があり,これらに隣接して順徳上皇火葬塚(真野御陵),上皇をまつる真野宮,黒木御所跡,日蓮配流の遺跡である根本寺(塚原三昧堂,新穂(にいぼ)村)や,世阿弥の配流の地とされる正法寺(金井町)などがあって佐渡史跡観光の中核をなしている。西三川(現,真野町)の砂金,鶴子(つるし)(現,佐和田町),新穂の銀山時代を経て,17世紀初めころには相川で金銀が採掘されるようになった(佐渡金山)。…

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