河童(妖怪)(読み)かっぱ

日本大百科全書(ニッポニカ) 「河童(妖怪)」の意味・わかりやすい解説

河童(妖怪)
かっぱ

水陸両棲(りょうせい)の妖怪(ようかい)。空想上の生物。身長は4、5歳の子供ぐらいで、とがった嘴(くちばし)をもつ。背は甲らで、それ以外のところは鱗(うろこ)で覆われている。手足には水かきがあり、腕は左右が通り抜けていて(体内で両腕がつながっていて)伸縮が自在。頭の上には水をたたえるための皿があって、これが河童の力の源泉で、水がなくなると同時に力も急速に衰える。陸上でも力は強いが、水中にあるときは、人はもちろんのこと牛馬でさえ引っ張り込んで、肛門(こうもん)に手を入れ、尻(しり)玉を抜いたり生き血を吸ったりする。キュウリそして相撲(すもう)を好み、よく人間に挑む。嫌いなものは金物。南九州では、春秋にヒョウヒョウと鳴きながら移動すると伝えられる。

 河童は全国的な伝承をもち、カワコ、カワランベ、ガメエンコウ、カワシソウ、ミズシ、メドチ、水虎(すいこ)など種々の異名をもつ。亀(かめ)や獺(かわうそ)の姿を想像している地方もある。いずれにしろ、種々多くの妖怪のなかでもっともなじみ深いもので、僻地(へきち)ではいまだにこれの存在を信じている人がいる。つまり、河童の素性は水の神であり、春秋に田の神と交替して穀物の実りを約束するという。また、小(ちい)さ子神なる水神の零落の姿ともいわれ、これは母子神信仰に基づくものとされる。河童がキュウリを好むのは、水神である祇園(ぎおん)信仰に結び付いたためで、キュウリを供えた水神の祭場に出没すると考えられたからである。河童の活動もまた6月から7月にかける祇園祭のころがもっとも活発であるという。河童が椀(わん)・箸(はし)を人に貸し与えるという椀貸し伝説も、この時期のものが多い。昔話河童婿入り)の世界では、「蛇婿入り」の水乞(みずごい)型と同じ展開の異類婚姻譚(たん)が全国各地でみられる。3人娘のうち末娘を嫁にもらうかわりに、田へ水を引いてやるというたぐいのもので、ここでも水神としての性格を色濃く現している。

 河童石の伝説も全国的な広がりを示す。その石は河童が山と川を往復するときの中継点であるとか、人間に助けられたお礼に魚を置いたもの、または、水に関する病に苦しむ者が河童にキュウリを供えたら全快した、そのため石の上に供物をするようになった、など伝承もさまざまである。大分県臼杵(うすき)市野津町の河童石は川の中にある大岩。作男がそこで牛や馬を洗っていると、流れの中から河童の手が伸びて尻尾(しっぽ)などを引っ張ったと伝えられる。このように河童が馬を水中に引き入れようとする「河童駒(こま)引き」の伝承は全国にみられるが、そのほとんどが失敗譚である。逆に、馬に引きずり出されて捕らえられ、危ういところで一命を助けられる。そのお礼にと、魚を届けたり接骨薬や血止め薬の秘伝を伝授したりする。河童の詫(わび)証文や、お礼に借りた椀や膳(ぜん)、または秘伝の薬を家宝として保管している家もある。

 河童駒引譚については、駿馬(しゅんめ)が水中から出現するという俗信や、牝馬(ひんば)が水神もしくは竜神の胤(たね)を宿すという考え、そして馬を水神に捧(ささ)げた儀礼の名残(なごり)であると柳田国男(やなぎたくにお)や石田英一郎らによって考察されている。

 なお、駒引きは、河童に限らず猿の場合も多く、猿駒引きの絵馬を掲げる習慣も広く各地にみられる。厩(うまや)の守護神であると信じられた猿は、形態的に河童の空想図に近い。両者は兄弟であると信じている地方もあるし、反対に仇敵(きゅうてき)どうしとみる地域もある。いずれにしろ、中国・四国地方では河童をエンコウ(猿猴)とよぶという例もあり、両者の間には密接な伝承上の関係があったことは容易に推測できよう。

 前述したように河童は相撲好きで、人間に化けて挑戦してくる。したがって、見ず知らずの人と相撲をとってはならぬとする戒めが九州地方には多い。河童と相撲をとると、第三者にはその姿がまったく見えず、大の男のひとり相撲としか映らぬという。河童は負けると何度でもかかってきて、挑戦されたほうはくたくたに疲れて、しまいには半病人になったり精神に異常をきたす者もあったという。

 相撲は、農事に関係した豊凶占いという儀礼であった。そして、この儀礼がおもに七夕(たなばた)に行われてきたことと、同じ日に水辺で禊(みそぎ)を行い物忌みをした伝承や、水神の河童を鎮めたことを考え合わせると、河童と相撲の取り合わせは当然の帰結であったのかもしれない。

 河童は江戸随筆にも多く登場するなど、さまざまの文献に現れる。昔話では巧智者(こうちしゃ)譚の『河童釣り』『河童火やろう』が昔から親しまれている。

[渡邊昭五]

『「河童の話」(『折口信夫全集3』所収・1955・中央公論社)』『「妖怪談義」(『定本柳田国男集4』所収・1963・筑摩書房)』『「山島民譚集」(『定本柳田国男集27』所収・1964・筑摩書房)』『石田英一郎著『新版河童駒引考』(1966・東京大学出版会)』


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