改訂新版 世界大百科事典 「法の解釈」の意味・わかりやすい解説
法の解釈 (ほうのかいしゃく)
裁判の過程は事実の認定と法の適用に大別されるが,法の解釈は法の適用に際して法文の意味を明晰化する作業である。解釈をまったく必要としない明確で一義的な法文はごくわずかであり,また法が社会観念の変化に対応しつつつねにもれなく規定することはできないから,法の解釈は法の適用に不可欠の作業であり,古くからさまざまな解釈技術が考案されてきており,そのうち伝統的には文理解釈と体系的解釈ないし論理解釈に区分されてきた。
(1)文理解釈 法文の意味を通常の文法の知識とその法文を構成する語の通常の意味にしたがって説明することである。この際,法文の意味を明確にするため特別のきまりや用語法が確立されている場合がある。〈または〉と〈もしくは〉の使い分け,〈推定〉と〈みなす〉の区別,法文に〈善意で〉とある場合は〈そのことを知らないで〉という意味である,などがこの例である。なお文理解釈ではないが,法文の言葉の意味を明確にするために制定法自体がそれを定義している場合がある。たとえば民法85条による〈物〉の定義などがその例である。これは有権解釈または法規的解釈といわれる(いわゆる行政機関の公定解釈とは異なる)。
(2)体系的解釈ないし論理解釈 文理解釈によって法文が十分明晰となる場合には文理解釈に終始すればよい。しかし文理解釈をつくした結果なお法文が不明晰で複数の文理解釈が可能な場合には,体系的解釈によってさらに限定が加えられる必要がある。体系的解釈は論理解釈ともいわれるが,体系的解釈以外のたとえば文理解釈も論理的な解釈であることに変りはない。体系的解釈は,当該法文が法秩序全体に占める位置や他の法文との関係,私的自治の原則などの一般的法原理の〈法的文脈〉を体系的に考慮して,複数の可能な文理解釈を限定する。たとえば爆発物取締罰則にいう〈爆発物〉の解釈をめぐって,いわゆる火炎びんがこれにあたらないとされた事例などは,文理解釈によってはなお不明晰であった法文の〈爆発物〉の意味が体系的解釈によって限定された例として挙げられよう。
なお体系的解釈の一種として拡張解釈や縮小解釈が論じられることが多いが,これらは文理解釈によって法文の意味が一応明晰となっているものを,体系的解釈によって拡張したり縮小したりして修正する場合である。拡張解釈の例としては,刑法38条3項の〈法律を知らなかったとしても,そのことによって,罪を犯す意思がなかったとすることはできない〉という規定の〈法律〉の語について,それをその語の通常の意味である国会の議決を経て成立する法律だけでなく命令,条例,規則なども含むと解釈する場合などがあげられる。そのほか刑法175条のわいせつ物頒布の罪にいう〈陳列〉が映画の映写をふくむと解釈する場合もその例である。縮小解釈の例としては,たとえば民法177条の〈不動産ニ関スル物権ノ得喪及ヒ変更ハ登記法ノ定ムル所ニ従ヒ其登記ヲ為スニ非サレハ之ヲ以テ第三者ニ対抗スルコトヲ得ス〉という規定の〈第三者〉は,登記制度全体の趣旨を考慮してすべての第三者を意味するのではなく,〈登記のないことを主張するについての正当な利益を有する第三者〉に限定して解釈する場合などがある。
(3)文理解釈や体系的解釈とは異なるものとして類推解釈と反対解釈がある。類推解釈は,ある事案に適用すべき法文が解釈によって得られない場合に,その事案と類似した事案について規定した法文を〈適用〉することである。また反対解釈とは,法文に規定されている事項の反面から,規定されていない事項はそれとは逆の扱いを受けると〈解釈〉することである。たとえば〈車馬通行止〉という場合に,鹿については規定がないが,これから推して鹿の通行もいけないとするのが類推解釈であり,〈車馬通行止〉とあれば,その反面人間の通行は許されると解するのが反対解釈である。いずれも法文の解釈というよりは,他の法文の一定の解釈を前提とした間接的な法の適用に関する操作である。一般に,解釈の境界を超えたところから類推が始まるといえるが,実際上の問題としては特に拡張解釈と類推解釈については区別がつきにくい場合があることは否定できない。しかし両者の区別の問題は,罪刑法定主義の一帰結として〈類推解釈の禁止〉の原則の支配する刑罰法規の解釈において特に重要である。これに関してよく引かれる例としては,刑法129条の過失往来危険罪にいう〈汽車〉に汽車代用のガソリンカーも含むとした判例,旧刑法のもとで電気窃盗をみとめた判例などがある。
(4)社会学的解釈 与えられた法文について複数の文理解釈が可能である場合に,それぞれの解釈が及ぼすべき社会的効果の予測と法の目的実現のための有効性の程度を比較考量することによって,これをさらに限定し明晰にする操作である。いわゆる自由法論以後認められるようになり,法社会学の発展にともなってしだいに重視されるようになっている。
→法解釈学
執筆者:桂木 隆夫
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報