19世紀後半ドイツの代表的法学者。ハイデルベルク、ゲッティンゲン、ベルリンの各大学に学び、ウィーン、ストラスブール、ゲッティンゲン、ベルリンなどの大学教授を歴任。歴史法学派の立場から書かれた初期の著作『ローマ法の精神』(1852~1865)は不朽の名著として知られる。そこでイェーリングは、法律の条文や法解釈が現実社会とどのようにかかわっているかという観点からローマ法を研究し、またローマ法を支えているローマ精神を明らかにした。続く『権利のための闘争』(1872)では、法の目的は現実の社会において相争う利益間の闘争を通じて実現されるとし、そのため日常不断に権利を確保する闘争が重要であることを説いて、単なる歴史法学派の立場を乗り越えた。さらに『法における目的』(1877~1883)では、法解釈にのみ重点を置いて法の目的を考えようとしない概念法学に反対し、目的法学の立場から、法の現実社会との関連をとらえる必要性を説いた。このようなイェーリングの実用主義的、実証主義的方法は、今日の利益法学、自由法論、法社会学などの発展に大きな影響を与えた。
[田中 浩]
『村上淳一訳『権利のための闘争』(岩波文庫)』
19世紀ドイツを代表する法学者の一人。アウリヒの約300年にわたる法律家の家系に生まれた。ゲッティンゲン大学等で学び,ウィーン大学等でパンデクテン法学を講じた。ローマ法学や法社会学等の分野で大きな業績を残した。彼には当初(1842年の学位論文以来),法学を学問的な体系に高めようという,当時サビニーやプフタらの歴史法学派にみられた法教義学Rechtsdogmatik的志向が強かった。1852年より刊行の名著《ローマ法の精神》は,古代ローマの法をローマ社会の基底をなす諸原理に結びつけ体系的に叙述したものである。これは,法を実生活と結びつけてとらえる法社会学的志向と,法を体系として構成しようという志向の共存を意味していた。彼のこの傾向は,1850年代後半に入ると,論理的に完結した体系構築を法学の課題として絶対視する方向に一面化した。法学を自然科学に類比させ,学問は実践の奴隷であってはならず,純粋な学問的営為こそがひいては実践に役立つというのである。しかし彼は,60年代以降みずからこの立場を克服し,法および法学は実生活ないし実践と緊密に結びついていることを強調する。形式論理偏重の法教義学的傾向は,〈概念法学〉と揶揄(やゆ)されるに至った。77-83年刊行の大著《法における目的Der Zweck im Recht》では,この新しい立場に立って,〈目的〉こそが社会と法の創造者であるという観点から法の社会学的分析が行われる。同時に彼は,法解釈学の分野では,今や妥当な結論から出発して法を目的的に解釈する〈構成法学Konstruktionsjurisprudenz〉を提唱し,のちの自由法論や利益法学に大きな影響を与えた。
→権利のための闘争 →目的法学
執筆者:笹倉 秀夫
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
1818~92
ドイツの法学者。ローマ法の研究で有名。法律解釈に重点を置いた当時の法学から脱却し,ローマ民族精神の形成を追求してローマ法,さらに法律一般の発展をきわめようとした。
出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報
…この場合その売買契約は,原始的不能を目的とする契約となって効力を生ぜず,したがって,買主が別荘を下見に行くために支出した旅費等の費用(損害)は,本来は契約責任によっては売主に追及できないことになるが,その場合でも賠償させようという法理である。ドイツ民法制定前の19世紀後半に,イェーリングによって提唱され,ドイツ民法には,この法理を前提とした規定がいくつか見られる(たとえば,ドイツ民法307条によれば,上記の例の買主は原始的不能を知りまたは知りうべかりし場合を除き,契約が有効だと信じたことによる損害の賠償を請求できるのが原則である)。ドイツでは,この法理は,(1)ドイツ民法の不法行為規定が一般条項でないため,不法行為によって救済される範囲が狭く,契約責任で救済したほうが妥当な場合が多いこと,また,(2)不法行為責任の追及ができる場合でも,契約責任として扱い不法行為責任よりも重い責任を認めるのが妥当と考えられること,などの理由により,著しく発展して,現在に至っている。…
…ドイツの法学者イェーリングがウィーンで行った講演より成る書物。1872年刊。…
…まず,市民革命ないし近代市民国家の成立の前後において,これに即応する制定法とくに法典の編纂の前提として,全体的な法的社会像を描く努力がなされた。フランスのJ.E.M.ポルタリス,ドイツのR.イェーリング,O.F.vonギールケ,オーストリアのA.メンガーなどがその例である。 ついで資本主義の高度な発展により,法と社会とのギャップが顕在化したとき,自由法論を経由して,法社会学が,法社会学という名の下に自覚的な発展を始めた。…
…法の研究や解釈にあたって〈目的〉の概念を指導理念とすることにより,法を現実生活に密着したものたらしめようとする法学上の一傾向。19世紀の後半にドイツの法学者R.vonイェーリングによって提唱された。彼によれば,あらゆる社会制度は個人的および社会的な目的を根底に有している。…
…ドイツの法学者R.vonイェーリングの古代ローマ法に関する名著。全題は《Geist des römischen Rechts auf den verschiedenen Stufen seiner Entwicklung》。…
※「イェーリング」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
働き手が自分の働きたい時間に合わせて短時間・単発の仕事に就くこと。「スポットワーク」とも呼ばれる。単発の仕事を請け負う働き方「ギグワーク」のうち、雇用契約を結んで働く形態を指す場合が多い。働き手と企...
10/29 小学館の図鑑NEO[新版]動物を追加
10/22 デジタル大辞泉を更新
10/22 デジタル大辞泉プラスを更新
10/1 共同通信ニュース用語解説を追加
9/20 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新